1-5. フラグ折らずとも断罪は回避できるのが権力というもの②

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1-5. フラグ折らずとも断罪は回避できるのが権力というもの②

「失踪したのはアナンナ・リスベルと親しくなった令嬢ばかりです! わたしの友だちのステラも、アナンナが第三王…… 「もうよろしくてよ、メアリー。おさがりなさい」  卒業パーティー会場である学園の大広間の、ど真ん中 ――  これまでガマンしていたなにかが切れたように夢中でアナンナを非難していたメアリー。だが私にさえぎられ、はっとしたように口をつぐんだ。  完全に流れがこちら側に向いているタイミングでの告発はほめるべき…… けれど、王族の名まで持ち出すのはやりすぎだ。  学園を卒業した今、それをすれば不敬罪に問われかねない。 「告発に感謝します、メアリー。そして、ヨハン王子殿下」 「なんだ」 「わたくし、この件の調査にはセラフィン王弟殿下を推挙いたしますわ。もしお受けくだされば、ですけれども」 「なぜ、セラフィンを?」  ヨハン王子がいぶかるのも無理はない。  王弟セラフィン・グリュンシュタットは、ゲームではいわば 『悪役令息』 だからだ。  ゲームでのセラフィンは悪役令嬢のヴェロニカにひそかにベタ惚れしており、そのせいでなにかとヒーロー・ヒロインと対立していた。そして、ヴェロニカが断罪されたのちは闇落ちし、彼もまた成敗されてしまうのである。   むろん 『悪役令息』 は単なるゲーム上の設定で、実際には違うかもしれない ――  が、事実、こちらの世界でのヴェロニカの記憶でもセラフィンは、しばしばヨハン王子とアナンナに苦言を呈していた。  敵の敵はすなわち味方。セラフィンならきっと、ヨハン王子やアナンナに忖度しない調査結果を出してくれることだろう。  それに、前世を思い出していなかったころ、私もいちど彼の世話になったことがある。  気難しく皮肉屋にみえて、実は話の通じやすい人だったはずだ。 「セラフィン殿下はどの派閥にも属さないかたですから、公平な調査を行ってくださるものと期待しますわ、ヨハン王子殿下」 「むう…… 」  ヨハン王子はうなった。  公平な調査を行われたくないということなら ―― やはり、ヨハン王子も真っ黒(ゴミクズ)だな。  「しかし、セラフィンもなにかと多忙で」 「いえ、お受けしますよ」   進み出たのは、どこか影のあるイケメン。短めの銀髪と灰青色の瞳が冷酷な雰囲気を醸し出している。  誰にもなびかない 『氷の貴公子』 的な雰囲気 ―― だがここだけの話、ゲームのセラフィン攻略ルートは比較的チョロかった。  対立するたび彼をかばい理解を示すだけで、完全になつかれてしまったのだ。単純すぎて興ざめだった件。  ―― フタを開ければ単なる寂しがりさんだとか、悪役をナメている設定だと思う。  それはさておき。  こちらの世界のセラフィンは、まさに悪役そのものの()めた表情をヨハン王子にむけていた。 「放置してもいずれは()()()()()()()()()()()()()()()()()として、まわってきそうなんでね」 「それを内密に処理するのが、おまえの仕事だろう!」 「仕事にした覚えはないが…… この件についてこの場で議論するとなると、困るのは誰かな?」  怜悧な美貌に浮かぶ皮肉な笑み。  ぐっ、とヨハン王子がつまる。  そこはしらばっくれるところだと思うのだが…… 甘やかされて育った王子さまは、まったく。素直でおかわいいことだ。  私はヨハン王子をスルーし、セラフィンに流し目を送った。 「では…… 調査の内容は逐一、わたくしに報告くださいます? 調査にかかった費用は公爵家にご請求くださいませね」 「了承しました」 「では、詳しいことは場所をかえてお話しいたしましょう。メアリーもいらっしゃい …… さて、みなさま」  私は前世の 『体操の先生』 モードの声音を使って会場を見渡した。 「女生徒失踪の件につきましては、わたくし、公爵家のヴェロニカ・ヴィンターコリンズの預かりとさせていただきます。調査は王弟殿下がみずから行ってくださいますゆえ、必ず早晩解決するものとご期待くださいませ…… では、わたくしたちはこれにて」 「おい! ちょっと待てっ」  軽く会釈をしてセラフィン、メアリーとともに会場を出ようとしたとき。  ヨハン王子がはっとしたように呼び止めてきた。  よく見たら、アナンナに思い切り腕をつねられている ―― よっぽどイラついたんだね、アナンナちゃん。 「なにしれっと勝手に調査を横取りしてるんだ、おまえ! あと婚約破棄!」 「あら。学園内で起こったことを公爵家が調査するのは当然ではなくて? 貴族院の長はわたくしの父ですのよ?」 「うっ…… 」  再びつまるヨハン王子と、口の中で舌打ちしているらしいアナンナ。  この魔法学園は国内唯一の公共総合教育機関で、貴族院の管轄である。学園長は別にいるが、貴族院の長は私の父、ヴィンターコリンズ公爵。  つまり父の名を出されれば、アナンナはもちろんのこと、ヨハン王子とて引きさがらざるを得ない、というわけ。  いくら国王から溺愛されているとはいえ、妾腹の第三王子 (しかもアホ) と聖女に認定されたばかりの子爵家の養女とでは、これ以上打つ手など思いつかないだろう。 「婚約破棄は承りますわ。父に報告し、後ほど家令を通じて条件の詳細を詰めることになりますでしょうから、よしなに――  それから、みなさま」  私は再び声音を変えて会場を見渡す。  公爵家の名を持ち出してしまった以上は、去る前にもう一芝居、打たねばならない。 「お騒がせしましたお詫びとして、みなさまには公爵家よりフローリス・カフェのケーキセット無料券を配らせていただきますね。では。引き続きパーティーをお楽しみになって」  フローリス・カフェは王都いちばんの目抜き通りのカフェであり、オーナーは私だ。6歳の誕生日で祖父からもらったプレゼントである。  そういえばゲームで、ヒロインがカフェデート中に悪役令嬢の妨害を受けるイベント ―― 前世の記憶が戻るまえに、しっかりやらかしてたわ、私……  だって変装もしてない素のヨハン王子が、衆前でアナンナとイチャイチャしてたから。  あのときの私は 『こんなのゴシップ紙のかっこうのネタでしょう』 と判断し、王子と自分の店のために止めに入ったのだった。  ―― なるほど、たしかにゲームとしてみれば、嫌がらせしたことになっちゃうよね。  妙なところに感心しながらもドリスにカフェの無料券の手配と配布を頼む。  ドリスはおびえた表情でうなずき、小走りに去っていった。  ―― 私がこの断罪劇を切り抜けるとは、考えていなかったんだろうな。おバカさん。  けど、ここで指示に従わなければ 『公の場で主人に恥をかかせようとする出来の悪い侍女』 と周囲から見られる、ということ程度は、わかっていたようでなによりだ。  ―― 帰宅したら、今後の処遇を決めてあげなきゃね。  さて、これでようやく。  今度こそさよなら、ウザいパーティー。  先生がたに挨拶をすませ、メアリーとともに(きびす)を返す。  と、セラフィンが心得たように肘を差し出してきた。悪役とはいえさすがは乙女ゲームのヒーロー。エスコートは完璧だ。 「ヴェロニカさま」  外に出ると、青い髪に金色の瞳、均整のとれたほどほどマッチョの騎士がすかさず寄ってきて、膝をついた。  ゲームでは攻略対象一の美貌とうたわれていた彼 ―― だが、私の前では頭さげてばかりで、つむじしか見えていない。 「ザディアス、ご苦労さま…… 賊はつかまえまして?」 「はっ、しかし、彼らは第三王子の近衛兵でしたので…… ここは我々、公爵家の騎士が警護する旨を告げお引き取りいただきました」 「それでけっこうですわ」  私を断罪する予定なら、ヨハン王子は当然、兵を待機させているはず。  しかし学園の警備もまた、貴族院ひいては公爵家の管轄であり、王家ではない ―― つまりはもしヨハン王子がうまく断罪にこぎつけたとしても、ゲームのように 『捕縛~投獄~追放』 までできるわけがないのだ。  だって、王子がどこかに潜ませている私兵をとらえさせるだけで、その流れは簡単に止めることができるのだから。    ―― 先に私はザディアスに 『卒業パーティーを狙ったテロが起こるとの情報を得たので、念のために警備を増やし、賊をとらえておくように』 と伝えていた。   王子の権限で動かせるわずかな近衛隊など、公爵家の騎士団に本気出してかかられたら、ひとたまりもなかったはずだ。  なぜなら、王室の近衛は実力よりも容姿と身分優先。一方、我が家の騎士たちは定期的に辺境の守りにも派遣されている。実戦の経験値が違うのだ。  ―― もしこの件で王室から抗議がきたとしても、非常事態でもないのに管轄外に兵を出すほうが悪いのは明白。なので、たいした問題にはならないだろう。  つまりは私の前世の記憶が解き放たれたのが、ヨハン王子とアナンナの運の尽きだった、ということである。  ―― あとは、あのふたりの裏の顔を暴き、完膚なきまでに叩き伏せるのみ。  私はわくわくしながら、メアリーをうながし、セラフィンとともに公爵家の馬車に乗った。
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