1-6. この世界は楽しそう、すなわちクズが多めの予感①

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1-6. この世界は楽しそう、すなわちクズが多めの予感①

「さっそくですけれど。セラフィン殿下の 『内密のお仕事』 について、おききしてもよろしくて?」  公爵家へ戻る馬車が動き出してすぐに、私は口を開いた。  先ほどの卒業パーティーでの、セラフィンとヨハン王子とのやりとりが気になっていたのだ。  ―― セラフィンは王弟。他国の王女を母に持つ正統な血筋だが、前国王の十何番目かの子であるため、王族のなかの立ち位置は良くない。  妾腹とはいえ現国王の実子であるヨハンよりも、ずっと低く扱われているのだ。  そのせいで学園でも立場的にはヨハン王子の侍従のようになっていた。 (実際の態度は一匹狼でむしろ、ヨハン王子よりも偉そうですらあったが)  セラフィンの学園内での立場と、先ほどの 『内密に処理するのがおまえの仕事』 云々というヨハン王子の失言とを踏まえて推測するならば ―― 「セラフィン殿下は在学中、ヨハン王子とアナンナの()()()()の後始末を押し付けられていたのではなくて?」  セラフィンの表情を見る限りでは、正解。  彼は、図星をさされたとき、唇の端を片側だけほんの少しあげて皮肉な表情を作るのだ。  一方でメアリーは、目を丸くしてこちらに耳を傾けている。  私は推測を続けた。 「いいかげんイヤになっていたところに、卒業パーティーでのあの騒動で、ヨハン王子に見切りをつけることに決めた…… 」 「それは少し違いますね。第三王子に期待したことなど、最初からありませんから」 「そう? ではどうして、バカのしでかしのフォローなどしておられましたの? しかたなく、という性格ではありませんわよね、殿下は」 「…… あなたが彼の婚約者だからです、ヴィンターコリンズ令嬢」 「ひょえ!? …… と、すみません!」  いいんだよ、メアリー。驚くのも無理はない。  こうもストレートにこられるとは、私も予想外ではあった。  氷を思わせる灰青色の瞳が、燃えるような熱を帯びている ―― 転生前の彩加()なら、便利に使えるコマがひとつ増えたことに満足して、彼を最大限に利用できるよう振る舞っていたはずだ。  好意を知りながら気づかぬフリをして、しかし言動の端々には好意(エサ)を撒き散らして ――  だが、いまはお人よしなヴェロニカの記憶と思考が、私の行動を邪魔をしている。  なるほど、これが 『誠意』 というものか。  スルーして転生前と同じ言動をとることはできる。が、己にあらがうのはコスパが悪い。  それに 『誠意』 とやらに従ってみるとどうなるのか、興味もある ―― 結果のわかりきった行動より、こっちのほうが断然、面白いしね。  私は素直に会話を続けることにした。   「セラフィン殿下。そのようなことをおっしゃっては、わたくし、勘違いしてうぬぼれてしまいましてよ?」 「かまいませんよ。勘違いなどではありません。私は常にあなたの味方ですから」 「わたくしが人の心を持たない、ひどい人間だとしたら?」 「そのようなことは、些細な問題でしかない。 『人の心』 などと、くだらぬことを言う輩はたいてい、人間を美化しすぎですからね」 「あなたとは気が合いそうですわ、セラフィン殿下」 「光栄です」  セラフィンがまた、口の端を微妙につりあげた。   ―― この世界はゲームにそっくりだが、完全に同じとは限らない。  けれども、いまの会話からは 『セラフィンがヴェロニカにベタ惚れ』 設定はゲームそのままだと推測できる。  ヴェロニカとセラフィンは、王族と公爵家という近しい家柄であることもあって、幼い頃からの顔見知り ―― きっとセラフィンは、私が前世を思い出していないころの、お人よしで優しい普通の少女が大好きだったのだろう。私もそうだから、よくわかる。  もっとも今後、私が以前のヴェロニカのように振る舞うことは2度とないわけだが ―― 彼ならばそれを 『成長』 ととらえ好意的に解釈するはずだ。  つまりセラフィンは、よほどのことがない限り信用しても問題がない人物と考えて良い。  私は、本題に入ることにした。 「で。侍女科の生徒失踪については、どこまでご存知ですの?」 「そうですね…… まずは、ヴィンターコリンズ令嬢の推測をうかがいたいものですが?」 「好色な血筋を受け継ぐヨハン王子の関心をひくため、アナンナが用意した雌鹿(めじか) ―― おそらくはどこかに、ヨハン王子専用の狩り場を作って管理しているのでしょう。  侍女科の生徒はさして裕福でない低位貴族のお嬢さんが多いでしょう? 国王に溺愛されている第三王子に囲われることになったと、相応の金品と本人からの手紙のひとつも渡せば、彼女らの実家は黙って受け入れるのではないかしら。名誉なことではないから、口はつぐむけれども」  セラフィンの皮肉な笑みがますます強まり、メアリーが黙ったまま複雑な表情を見せる。 「セラフィン殿下はその連絡係を、させられていたのですね。噂になって、ヨハン王子の可哀想な婚約者が傷つかないよう、細心の注意を払いながら」 「そこまで気づかれていたなら、注意した意味はなかったようなものですがね」 「いいえ。今日、セラフィン殿下とヨハン王子の会話をきいて、初めてわかりましたのよ。それに、気を遣っていただいていたのは、有難いことですわ」  もっとも私の予想では、まだ隠れている真相もありそうだけれど…… と、続けようとしたとき。  背筋に戦慄が走った。心拍数が高まる。  私の脳内にアドレナリンが過剰分泌されはじめたのが、わかる。  高揚感と陶酔 ―― 闘いの、予感。  「メアリー、どこかにつかまって。これを頭からかぶって、窓の外から見えないように、できるだけ身をかがめて」  メアリーに膝掛けを渡したとき。  馬車が止まり、ザディアスの落ち着いた声がした。 「ヴェロニカさま。手前に少々、障害物がございまして ―― なるべく早く片付けますので、少々お待ちくださいませ」 「わたくしも手伝いますわ」 「「「 は!? 」」」  馬車の内外から声があがったときにはもう、私は扉を開けて外にとびでていた。セラフィンが、続いて馬車を降りる。  濃くなった夕闇の中、そこここで白刃がきらめく。人の倒れる音、うめき声、血のにおい。  ―― どうやら賊に襲われたようだが……  女生徒失踪事件についての調査を始めると宣言してすぐの、このタイミングで、ねえ?  本当に、素直でおかわいいこと。  あと、公爵家の護衛の実力ナメすぎ。  実際、倒れているのは賊ばかりである。  ―― 普通なら、警備の甘いちょっとした金持ちの馬車を狙って小銭を稼いでいるはずの連中だが……  騎士に囲まれた公爵家の馬車を襲ったのはおそらく、大金に目がくらんでウッカリ雇われてしまった、というところだろう。  もっとも、敵はザコばかりではない。中に数名、なかなか良い動きをしている者たちがいる …… 彼らこそが、この襲撃の主体か。  しかし 『無駄に殺すな』 との命令を受けてでもいるのだろう。護衛のほうが若干押されている局面ですら、致命打を与えてはいない。  こうして護衛をひきつけ、馬車の周囲を手薄にして本命 (つまり私たち) を狙う作戦であるようだ。  ―― ということは彼らは、誰かに使われる立場の手練れの者たち。かつ、彼らの首領(ボス)は割かし人道者。  被害を大きくして 『運悪く賊の仕業』 で片付けられなくなると困る、という打算もまあ、ありそうではあるけれど。  ドレス姿が目立つのだろう。  馬車から降りたとたん、私たちは彼らに囲まれてしまった。覆面をした3人の男たちだ。  素早い身のこなしは、賊でもなければ一般の騎士でもない、暗殺者のそれ ―― 私はとっさに魔法で周囲に風を呼んだ。  これで、投げナイフや拳銃などは使いにくくなるはずだ。 「刃先に注意して。かすり傷でも、すぐに血を吸いだして吐き捨てるように」  毒を使っている可能性を示唆すると、セラフィンとザディアスがうなずいた。  さて、そうしたら……  久々の、体操の時間だ。  私は風魔法を己の身にもかけつつドレスのスリットから鞭を引き抜いた。  前世でいえば、新体操のリボンほどに長く、ぱっと見は扱いづらそうな武器。  だがこちらの世界では、私のような風の魔力持ちと相性が良いとされている。風を実体化させた感覚で、自在に操ることができるのだ。  以前から護身術として鞭を練習していたので、身体が違和感なく動くのも、ありがたい。  私は鞭を両手に構え、彼らより早く ―― 大きく、跳躍した。  
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