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「…会社経営に疲れたって…」
私は、言った…
口に出さずには、いわれなかった…
伸明は、そんな私を見て、
「…寿さんなら、わかるはずです…」
と、言った…
「…なにが、わかるんですか?…」
「…藤原さんは、根はオタク…別に、会社経営が、好きで、やっているわけではない…」
「…」
「…藤原さんの会社は、従業員が、千人います…と、なると、業績が、悪化すれば、従業員の給与の払いだけでも、大変になる…」
「…」
「…もちろん、今すぐ、どうのこうの言うわけではない…でも、そんなことに、頭を悩ますのは、嫌というか…そんな感じです…」
伸明が説明する…
そして、それを、聞いた私は、伸明の言葉は、たぶん、ホント…
たぶん、ウソはないと、思った…
たぶん、ウソはないと、確信した…
なにより、ナオキが、伸明に金を援助してもらい、そのお礼の電話をしているのを、私は、聞いている…
だから、以前から、ナオキが、伸明に金を援助してもらったのは、わかる…
わからないのは、その額だ…
それが、わからない…
が、
見当はつく…
それほど、大した額ではない…
例えば、百億や二百億という大金ではない…
そんな大金は、いかな伸明とて、自分の一存では、動かすことは、できないだろう…
だから、もっと、少額に違いない…
が、
いずれにしても、ナオキとしては、そんな金を用意するのは、嫌だったに違いない…
なにしろ、ナオキの本質は、オタク…
技術オタクだ…
だから、その才能を生かして、IT企業を立ち上げた…
が、
実際に会社を立ち上げれば、真っ先に、必要なのは、金…
それは、創業当時は、ユリコの担当だった…
当時、ナオキと結婚したユリコの担当だった…
が、
それは、最初だけ…
会社が、軌道に乗り、ITバブルの波に乗って、瞬く間に大きくなるにつれ、金の心配は、なくなった…
いわば、最初の創業期は、どんな会社も、金のやりくりが、大変だが、それが、軌道に乗り出すと、その心配が、なくなる…
そういうことだ…
そして、ユリコが失踪して、私が、ユリコの後釜に座ったときは、すでに、金の心配がなくなっていた…
だから、高校生の私でも。ユリコの後釜になれた…
高校生の私が、やることと、いえば、幼いジュン君の面倒を見ることだけだったからだ…
だから、私でも、できた…
高校生の私でも、できた…
そういうことだ…
そして、今、伸明が言った、お金の問題…
これを、私が、知らないのも、わかる…
ナオキは、一切、私に金銭的な相談は、しなかった…
それは、単純に考えれば、私にそんな相談をしても、なにもできないから…
たかが、秘書風情の私には、なにも、できないから…
私が、ナオキに金銭的な相談を受けて、それで、金策に走ることは、できない…
それが、できるのは、金を借りる当てがあるから…
要するに、貸してくれる相手の当てがあるからだ…
そんな、金を貸してくれる相手の当てなど、なにもない私に、相談しても、ダメ…
話にならない…
そして、もし、ナオキが、私にそんな話をするとすれば、ただ、愚痴を聞いてもらいたいだけ…
ただ、それだけだ…
が、
それだけで、だいぶ、楽になる…
どうこうなるわけでは、まったくないが、誰かに愚痴を聞いて、もらうだけで、楽になる…
そういうことだ…
これは、誰にでも、経験のあることだろう…
ナオキが私に対して、それをしないのは、おそらく私が心配するから…
だから、しなかったのかも、しれない…
そして、そんなことを、考えていると、ふと、思い出した…
なにを、思い出したか?
と、言えば、ナオキが、私をFK興産の非常勤の取締役にしたことだ…
あのときは、どうして、そんなことをしたのか?
わからなかった…
が、
今、考えてみれば、わかる…
おそらく、ナオキは、あの時点で、すでに、会社を手放す決意をしていたのでは、ないか?
そう、気付いた…
自分が、会社を去れば、当然のことながら、そんなことは、できない…
FK興産の人事に口を挟めないからだ…
だから、自分が、FK興産の株を手放すのを見越して、私を、非常勤の取締役にした…
そうすれば、私に金を与えることが、できるからだ…
もちろん、FK興産を五井グループに売却した後でも、できなくは、ないだろう…
が、
しかし、当たり前だが、その方が、ハードルが高い…
仮に、ナオキが、伸明に、
「…寿さんを、非常勤の取締役にしてあげてくれ…」
と、頼んでも、それが、実現できるかどうかは、わからない…
なぜ、一介の社長秘書風情を、非常勤の取締役に任命するのか?
仮に、伸明や、和子さんが、やろうとしても、反対が、多いに違いない…
だから、あらかじめ、それを、見越して、私を、事前に取締役にしたのでは、ないか?
そう、気付いた…
一度、取締役にしてしまえば、それを、取り消す方が、難しいからだ…
どんな会社でも、そうだが、昇格よりも、降格の方が、難しい…
昇格よりも、降格の方が、はるかに少ないから、誰もが、納得する理由が、必要となる…
なぜ、降格させるのか、周囲を納得させる必要がある…
だから、難しい…
滅多にないことだから、余計に理由付けが、難しい…
それを、ナオキは、よくわかっているから、私を事前に非常勤の取締役にしたに違いない…
常勤では、ない…
あくまで、非常勤…
その方が、反発が和らぐからだ…
あくまで、非常勤の取締役は、私にお金を与える名目に過ぎないからだ…
だから、目立たない方が、良い…
そして、その辺の事情を、この伸明や、和子に、事前に説明すれば、FK興産が、五井グループの傘下に入っても、伸明や和子の力で、私を簡単に、非常勤の取締役から、はずすことはないだろうと、踏んだに違いない…
すでに説明したように、この逆は、難しい…
会社の株を手放したナオキが、これから、私をFK興産の非常勤の取締役にしてくれと、伸明や和子に頼んだとしても、難しいだろう…
なぜなら、ナオキは、FK興産の創業者で、オーナー社長だから、できる…
FK興産の創業時から、いっしょにやっている、寿さんだから、会社の内情に、誰よりも、詳しいから、非常勤の取締役にしたと、説明すれば、周囲も納得する…
が、
しかしながら、五井グループに入ってとなると、それも、難しいだろう…
むろん、できないわけではないが、会社の創業社長が、命じるよりも、周囲が、冷ややかに感じるだろう…
だから、それを、見越して、ナオキは私を非常勤の取締役にしたに違いない…
今さらながら、気付いた…
ナオキの目的に、気付いた…
ナオキの優しさに、気付いた…
そして、当たり前だが、今さらだが、この伸明と、長谷川センセイの関係に、思いを寄せた…
この長谷川センセイのおかげで、私は、今、この病室に入ることが、でき、伸明と会えた…
が、
こんなにも、簡単に伸明と会えるとは、思わなかった…
まさか、こんなにも、呆気なく、伸明と会えるとは、思わなかった…
一体、二人の関係は?
今さらながら、思った…
今さらながら、考えた…
そして、そんなふうに、伸明と長谷川センセイを見ていると、二人とも、私の視線に気づいたようだ…
「…どうしました? …寿さん?…」
と、長谷川センセイが、聞いた…
「…いえ…」
と、私は、言い、それから、
「…お二人の関係は?…」
と、直球に聞いた…
すると、二人は、目を見合わせた…
互いに、互いの顔を見た…
そして、長谷川センセイが、
「…五井の女帝に命じられたんです…」
と、告げた…
「…和子さんが?…」
と、私。
まさか、ここでも、和子の名前が出るとは、思わなかった…
「…寿さんは、伸明さんのお気に入り…五井家の当主のお気に入り…その寿さんの周りにいる人間が、どんな人物なのか? 知りたいのでしょ? …ボクの素性も調査済みです…」
「…長谷川センセイの素性?…」
「…ボクが、五井家の血を引く人間であること…今では、とても薄いが、先祖が、五井の一族であること…」
「…」
「…すべて、調査済みです…」
長谷川センセイが、断言する…
私は、それを、聞いて、なるほどと、思った…
たしかに、私は、伸明に好かれている…
五井の当主に好かれている…
ならば、当然、伸明が好いている女の素行調査をするだろう…
素行調査というのは、本人だけではない…
その周りにいる人間も含む…
どんな人間と、身近に付き合っているのか?
それは、友人関係が大半だが、会社関係、そして、私のように、病院に定期的に、通っていれば、それも、含む…
極端な話、よく通うスーパーや、コンビニの店員の素性も含めても、おかしくはない…
なぜなら、親しくなれば、それに、影響される可能性があるからだ…
仲良くなったら、いきなり、宗教の勧誘をさせられたり、保険に入らないか? と誘われたり…
そんな例は、よく聞く話だからだ…
だから、油断できない(苦笑)…
私、本人は、影響されてないと、思っていても、意外と影響を受けていたりすることもあるからだ…
だから、私が、どんな人間と接しているか?
あらかじめ、念入りに調べたのだろう…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、あらためて、私は、和子に、そこまで、身辺調査をされているのか?
と、気付いた…
たしかに、以前、オーストラリアに、癌の治療をしに、行ったときに、その費用は、五井家から、出してもらった…
和子が、出してくれたのだ…
私は、当然、恩にきた…
いくら、費用がかかるのか、わからなかったからだ…
それが、自分の貯金で、まかなえるか、どうか、わからなかったからだ…
そして、そう、考えれば、ナオキに金を工面してもらうのが、一番手っ取り早いやり方だった…
なにより、ナオキは、FK興産の創業社長…
FK興産のオーナー社長だ…
だから、お金持ちだからだ…
だから、私が、オーストラリアに行き、癌の治療をする費用など、はした金…
ナオキにとっては、はした金だからだ…
と、
ここまで、考えて、気付いた…
もしや?
もしや、あのとき、和子が、私に、オーストラリアでの癌の治療をする費用を工面するといったのは、ナオキの会社の実情を知っていたから?
この伸明が、ナオキに金を貸しているのを、知っていたから?
だから、私に、癌の治療費を工面すると、申し出た?
そう、気付いた…
気付いたのだ…
遅ればせながら、気付いたのだ…
つまりは、あのとき、すでに、和子は、今回の件を、すべて、見通していたのかも、しれなかった…
ナオキが、遠からず、FK興産を売却して、五井グループに入る…
そんな未来を見越していたのかも、しれなかった…
<続く>
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