十六夜の桜の下で

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 ──と言えたら風情もあっただろうが。  歴史文化総合研究所・主任研究員の朝見(あさみ)瑠璃花(るりか)と助手の増渕(ますぶち)公平(こうへい)は研究室にいた。 「窓のすぐ近くに桜があるんだから、『桜の下』と言ってもさしつかえないだろう」 「急にどうしたんです?」  窓の外を睨みつけた瑠璃花に、公平は目を瞬かせた。 「いや、言っておかないといけないような気がしてね。私だって、花びらが舞う中で盃を傾けたほうが良いに決まってる」 「せっかくの花見ですもんね」  公平は苦笑した。  瑠璃花の不満もわからないではない。彼女の性質ならば、こんな殺風景な場所よりも桜の下で花見酒をしたいだろうから。ただし花粉症でなければ、の話だが。 「主任の気持ちはわかりますけど、今は場所にこだわるよりも、見事な月と夜桜を楽しんだほうが良いような気がしますよ。ほら、昨日は曇り空でしたけど、今日は星も見えますし」 「……まぁ、そうだね」  しぶしぶ頷いた瑠璃花は指先で持っていたお猪口を軽く揺らし、一気に呑み干した。
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