1.雨が嫌いなクジラ

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 ──俺は、雨が嫌いだ。  服が濡れるとか、空気がジメジメしてるとか、そういう当たり前すぎる理由ももちろんあるが。  雨が降ると普段の自転車通学が出来ないから。ただそれだけ。  電車のほかに、俺に通学手段はない。  満員電車にはできるだけ乗りたくないけど、始発に乗ればまだ学校は閉まっているし(学校の周囲に時間を潰せるような場所は無い)かと言って、混まなくなった時間帯に乗ったら普通に遅刻してしまう。  だから、しょうがない。  でも。 「ハアハア……きみ、可愛いね……」 「……」  俺が痴漢に遭うのはしょうがなくないと思う。  身長が160㎝以下だからって、オメガだからって、女のように扱われるのは納得がいかない。そんな理不尽があってたまるか。  俺は、乗ってくるなりぴったりと俺の後ろに張り付き、無遠慮に尻を撫でまわしているキモイ中年男の手に自分の手を重ねた。  積極的ともいえるその行動に、男は「おっ」と嬉しそうな声を出した。更に調子に乗ったその男は、「次で一緒に降りようか、もっとイイコトしてあげるよ……」とネットリとした気持ち悪い声で囁いてきた。  次の瞬間。 「いででででで!! な、何しやがる!?」  俺は男の腕を捻りながら、自分の頭上に持ち上げた。 「ナニしやがるはこっちにセリフだ、クソゴミ痴漢野郎が。次の駅で一緒に降りるのは俺も賛成だけどな」 「くそっ、このガキ! は、放しやがれ!!」 「誰が放すか。駅員に突き出してやる」  学校の最寄駅はまだ先だったが、一旦降りることになった。男はなんとか俺の腕から逃れようとしていたが、騒ぎに気付いた周りの乗客が男が逃げないように加勢してくれた。  その中でOLっぽいお姉さんが、目撃者として次の駅で一緒に降りて、駅員さんに痴漢野郎を一緒に突き出してくれた。  痴漢を駅員に引き渡したあと、俺とお姉さんは駅員室のようなところへ案内された。軽く事情聴取のようなことをされるらしい。  中年男性の駅員が、お姉さんに尋ねた。 「えーと、痴漢されたのはアナタですか? え。被害者はこっちの男の子? キミはまだ中学生か? あ、高校生ね……」  今年で高校三年になる俺だが、身長のせいで未だに中学生に間違われることが多い。だからいちいち傷ついたりしない。  すると、中年の駅員はぼそっと「男が男に痴漢されたくらいで、大袈裟なんだよ」と皮肉っぽく言った。  その発言に、俺よりもお姉さんの方がムッとした顔をした。  しかしお姉さんが何か言うよりも早く、中年の隣にいた若い男の駅員が注意した。 「ヤマモトさん、イマドキ痴漢の被害者に男も女も関係ないですよ。俺だって自分が痴漢されたら絶対に捕まえて突き出しますよ!」 「はァ? まずお前なんか痴漢されんだろ、小さくも可愛くもないし」 「そういうコトじゃなくって……!」 「まあ男でも、オメガだったら痴漢されるのも分かるけどなァ~。でもあいつらは男に触られると喜ぶんだっけ? じゃあ警察に突き出すも何もないよな、ハハハハハ!」 「ちょっとヤマモトさん! ……もう……」  話が通じなさすぎると思ったのか、若い駅員は中年を注意するのをやめた。顔に(これだからオッサンは……)と書いてある。  きっとお姉さんの顔にも、俺の顔にも同じ文字が書いてあるだろう。  これだからオッサンは。
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