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カレーを食べ終わったあと、俺は皿を洗いながらシャチと話をした。
ダラダラと引き留めているのは分かっていたけど、なんとなくまだ一緒に居たいって、らしくないことを思って……。
「――さっきさ、俺が部員たちの前でおまえのことを下の名前で呼んだだろ? そしたらあいつら、俺も下の名前で呼んでくれーって一斉に騒ぎ出してさ、くくっ、バカだよなぁ」
つい、思い出し笑いしてしまった。
空手部の後輩たちは、最初のうちは揃いも揃って小さな俺をナメてて生意気だったが、少し手合わせしたらすぐに『スイマセンでしたぁー!!』って頭を下げてきた面白い奴らだ。
オメガの俺にボコボコにされても、陰口を叩いたり集団イジメとかしてこねぇし。
空手道場は嫌なことがあった場所だけど、あと1年あいつらと過ごせる、俺の大事な場所でもあるんだ。
「……勇魚センパイは、人気者ですね」
「えぇ? 勝尾にも言われたけど、俺がチヤホヤされんのはそーいうんじゃねーの、男のオメガが珍しいからだって。あとチビなのに鬼強ぇからな、内心弱みでも握ろうとしてんじゃねーの?」
「……」
「シャチ?」
急に黙ったシャチの方を見ようとしたら、いなくて。
「おわっ!?」
いつの間に移動したのか俺の背後に立っていて、濡れそうだった俺の袖を無言で捲ってくれた。
「あ……サンキュ」
コイツ、気配消すの上手すぎだろ……!!
「……勇魚センパイは自覚が無い、ですね」
「あ? なんの?」
「自分がカッコイイ、っていう自覚」
「!?」
思わずツルリと皿を落としそうになった。あぶね~……。
「おまえな、そんな誰も彼もがおまえみたいに思うわけねぇだろ! それに俺はカッコイイっつーよりカワイイし、見た目は! 不本意だけど小せぇからな! オメガだしよ」
「身長も、オメガなのも関係ない、です。勇魚センパイはそのままですっげぇカッコイイです。だから部のヒトタチも、みんな勇魚センパイのことが好きなんだと思います」
コイツはまた、スラスラと俺を褒めやがって……。
「少し、信じてあげてクダサイ。そんなふーに言ったら、多分あの暑苦しいヒトタチ……泣きますよ?」
「……」
まだ知り合ったばかりだから、コイツの言葉を真に受けちまうのはどうなんだって、心のどこかでは思ってる。
だけど、何故か信じたくなる。
不意に泣きそうになる、歳上のくせに。
静かなシャチの、静かな言葉は……何故か、俺の心に沁みる。
「……分かったよ」
俺も少し言い過ぎた。
あいつらはオメガである俺の存在を面白がったり、弱みを握ろうとして懐いているんじゃないって。
心の底の底では思ってない。けど、完全に信じることもできない。
シャチのことも……。
洗い物を終えると、俺は捲られた袖でグイッと目もとを乱暴に拭った。
「──そう言えば、おまえは最初から俺を下の名前で呼んでたよな。許可してねーのに」
「あ、スイマセン……」
「別にいいんだけどさ、俺も初っ端からシャチって呼んだからな。だからか?」
「……」
あれ? またすぐ頷くと思ったのに、コクンッて。
ちゃんと言葉で返事しろよなぁ。
「名前……」
「え?」
「勇魚センパイの名前、すげぇいいなって思ったから。――イサナ、クジラの古い呼び方ですよね」
「……知ってたのか?」
俺の名前が、クジラ由来だってこと。
シャチは今度こそコクンと頷いた。
「俺はシャチだから……勝手に、仲間意識感じてました」
「……」
俺もそう思った、おまえのコト。
「実はシャチよりも、クジラのほうが好き、だし……生物として」
「ブッ! おまえなぁ~」
「勇魚センパイは、どっちが好きですか?」
少し期待しているような、キラキラした目で俺に聞いてくるシャチ。
「悪いな、俺もクジラ派なんだよ」
シャチは、漫画みたいにガーンって顔をした。
キラッキラのイケメンがしていい顔じゃなくねぇ? ソレ。
俺の中ではこいつも、部の奴らと同じ『可愛い後輩』枠だけど。
だけど……。
「……シャチも好きだ」
「!」
「つるっとしてるし、パンダみたいで可愛いよな」
「……!!」
「……なぁんでおまえが赤くなるんだよ。俺が言ってるのは動物の方のシャチだぞ!」
つられて俺も赤くなりそうだったから、思わずそっぽを向いた。
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