14.仲間意識

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カレーを食べ終わったあと、俺は皿を洗いながらシャチと話をした。 ダラダラと引き留めているのは分かっていたけど、なんとなくまだ一緒に居たいって、らしくないことを思って……。 「――さっきさ、俺が部員たちの前でおまえのことを下の名前で呼んだだろ? そしたらあいつら、俺も下の名前で呼んでくれーって一斉に騒ぎ出してさ、くくっ、バカだよなぁ」 つい、思い出し笑いしてしまった。 空手部の後輩たちは、最初のうちは揃いも揃って小さな俺をナメてて生意気だったが、少し手合わせしたらすぐに『スイマセンでしたぁー!!』って頭を下げてきた面白い奴らだ。 オメガの俺にボコボコにされても、陰口を叩いたり集団イジメとかしてこねぇし。 空手道場は嫌なことがあった場所だけど、あと1年あいつらと過ごせる、俺の大事な場所でもあるんだ。 「……勇魚センパイは、人気者ですね」 「えぇ? 勝尾にも言われたけど、俺がチヤホヤされんのはそーいうんじゃねーの、男のオメガが珍しいからだって。あとチビなのに鬼強ぇからな、内心弱みでも握ろうとしてんじゃねーの?」 「……」 「シャチ?」 急に黙ったシャチの方を見ようとしたら、いなくて。 「おわっ!?」  いつの間に移動したのか俺の背後に立っていて、濡れそうだった俺の袖を無言で捲ってくれた。 「あ……サンキュ」 コイツ、気配消すの上手すぎだろ……!! 「……勇魚センパイは自覚が無い、ですね」 「あ? なんの?」 「自分がカッコイイ、っていう自覚」 「!?」 思わずツルリと皿を落としそうになった。あぶね~……。 「おまえな、そんな誰も彼もがおまえみたいに思うわけねぇだろ! それに俺はカッコイイっつーよりカワイイし、見た目は! 不本意だけど小せぇからな! オメガだしよ」 「身長も、オメガなのも関係ない、です。勇魚センパイはそのままですっげぇカッコイイです。だから部のヒトタチも、みんな勇魚センパイのことが好きなんだと思います」  コイツはまた、スラスラと俺を褒めやがって……。 「少し、信じてあげてクダサイ。そんなふーに言ったら、多分あの暑苦しいヒトタチ……泣きますよ?」 「……」 まだ知り合ったばかりだから、コイツの言葉を真に受けちまうのはどうなんだって、心のどこかでは思ってる。 だけど、何故か信じたくなる。 不意に泣きそうになる、歳上のくせに。 静かなシャチの、静かな言葉は……何故か、俺の心に沁みる。 「……分かったよ」  俺も少し言い過ぎた。  あいつらはオメガである俺の存在を面白がったり、弱みを握ろうとして懐いているんじゃないって。  心の底の底では思ってない。けど、完全に信じることもできない。  シャチのことも……。 洗い物を終えると、俺は捲られた袖でグイッと目もとを乱暴に拭った。 「──そう言えば、おまえは最初から俺を下の名前で呼んでたよな。許可してねーのに」 「あ、スイマセン……」 「別にいいんだけどさ、俺も初っ端からシャチって呼んだからな。だからか?」 「……」 あれ? またすぐ頷くと思ったのに、コクンッて。  ちゃんと言葉で返事しろよなぁ。 「名前……」 「え?」 「勇魚センパイの名前、すげぇいいなって思ったから。――イサナ、クジラの古い呼び方ですよね」 「……知ってたのか?」 俺の名前が、クジラ由来だってこと。 シャチは今度こそコクンと頷いた。 「俺はシャチだから……勝手に、仲間意識感じてました」 「……」 俺もそう思った、おまえのコト。 「実はシャチよりも、クジラのほうが好き、だし……生物として」 「ブッ! おまえなぁ~」 「勇魚センパイは、どっちが好きですか?」 少し期待しているような、キラキラした目で俺に聞いてくるシャチ。 「悪いな、俺もクジラ派なんだよ」 シャチは、漫画みたいにガーンって顔をした。  キラッキラのイケメンがしていい顔じゃなくねぇ? ソレ。 俺の中ではこいつも、部の奴らと同じ『可愛い後輩』枠だけど。 だけど……。 「……シャチも好きだ」 「!」 「つるっとしてるし、パンダみたいで可愛いよな」 「……!!」 「……なぁんでおまえが赤くなるんだよ。俺が言ってるのは動物の方のシャチだぞ!」 つられて俺も赤くなりそうだったから、思わずそっぽを向いた。
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