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(こんな朝っぱらから、誰だよ……!)
母親じゃない。母だったらピンポンなんて鳴らさないから。
ボーっとする頭で薄い布団を身体に巻きつけたまま、俺はゆっくりと長くもない廊下を歩き、ようやく玄関までたどり着いた。
回覧板ならそのまま郵便受けに入れてってもらおう。
「……勇魚、センパイ?」
俺の気配が伝わったのか、何も言ってないのにドアの向こうで声がした。
――シャチ。
「な……ん、だよ……なんで……?」
「寝起きでしたか? スイマセン……。やっぱりチャリ無いと不便かなって思って、返しにきました」
「あ……」
そっか、チャリ……いやいや、今日学校で受け取るつもりだったんだぞ? 俺は。律儀な奴だな……。
でも今日は結局ヒートで休むことになったから、返しに来てくれて良かったのかも……。
「勇魚センパイ? 体調が悪いんですか?」
「違、ッ……!」
「センパイ!?」
ガクッと膝から崩れ落ちてしまった。
扉越しに、シャチの声を聞いてるだけで……。
(なんだよこれ、なんなんだよ……!)
「勇魚センパイ! ここ、開けてください!」
「ぅ……ダメだ。今朝からヒート、来たんだよ……ッ」
「!」
「悪い、帰ってくれ……!」
お前の声、なんか俺の身体に悪ィよ……意味わかんねーんだけど。
「く、薬は飲みましたか!?」
「まだ……」
「勇魚センパイここ開けて。俺、抑制剤飲んでるから多分大丈夫デス、絶対に襲ったりしないから!」
なんでだよ、襲えよ……
って、こんなこと考えてる時点で俺の方がやべーじゃねぇか。この状況で危険なのは、どう考えても俺じゃなくてアルファのほう。
見られたくない。
シャチにゲンメツされたくない。
こんな、こんなみっともない姿……
「うぅ……っ」
「……開けてくれないなら、ドア、蹴破りますよ」
「は?」
「もしくはリビングの窓割って、中に入ります」
「いやいやいや、待て待て待て」
シャチがとんでもねーこと言い出したおかげで、ちょっと正気に戻れた。
「俺は本気、デス」
「待てって! ああもう……」
ドアやら窓やらを破壊されたら、もうすぐ帰ってくる母親がビビり散らかすだろうが! 修理代もかさむし、母子家庭なんだよこっちは……。
あーでもなんか、シャチの顔が見たい。
ドアも窓も破壊されたくないし、じゃあもう開けるしかなくねぇ?
色々考えてどうでもよくなった俺は、あっさりと鍵を開けた。そしたらすぐに、焦った顔をしたシャチがドアを開けて、入ってきた。
「勇魚センパイ!」
「シャチ……」
こいつ、マジで全然匂いしねーな……。
なんでアルファのくせに匂いがしねーんだよ、おまえは。
なあ、俺に思いっきり嗅がせろよ。
おまえの匂い、俺、好きなんだよ……
「センパイ、薬どこ!?」
俺は目の前で焦っているシャチに抱きつくと、既にズボンの中でドロドロになっている下半身をシャチの下半身に擦り付けた。
「!」
「どうでもいいだろ? 薬なんか……おまえのコレをブチ込んでくれたらすぐ治まるんだから、ヒートなんて。な、今すぐヤろーぜ?」
何度か厭らしい動作で腰を擦り付けたら、シャチのチンコはすぐに反応して硬くなった。はは、下半身も素直な奴だな。
「勇魚センパイッ!!」
大声で名前を呼ばれ、べりっと引き剥がされてハッとした。
俺は今、シャチに何を……?
「あ……違う、今のはうそだ、嘘だからな! ごめんなシャチ、違うんだよ、えっと……くすり、薬な? 俺の部屋、机の一番上の引き出しの中……」
「わかりました」
ああ、なんで言っちまうんだよぉ、俺。
シャチに襲って欲しかったのに……。
丁度ヒートだから、うなじ噛ませて、そしたら番になれたのに……。
ツガイに……
ツガイ?
「うあぁ!!」
何、馬鹿なこと思ってんだ、俺は!!
シャチが普段からアルファ用の強い抑制剤を飲んでんのは、こういう考えのオメガに襲われて無理矢理番にされないためだろ!?
「っぐう……」
ああでも、アルファに抱かれたい。
今すぐシャチに抱かれてーんだ、楽になりたい。せっかくアルファが側にいるのに、なんで抱いてくんねぇの?
馬鹿! 馬鹿! シャチはただの後輩だ!
アルファなのに本能の部分を押さえつけて、こんな俺をかっこいいって慕ってくれる可愛い後輩に、俺はなんてことを……
ああああ、なんでこんなカラダなんだよ、おれは。
オメガだからか……オメガなんか……
「ッオラァ!!」
俺は、最後の理性を振り絞ると思い切り自分の右頬を殴った。
オメガを殴れて幾分かスカッとしたけど、普通に痛ぇ……。
でもおかげで、また少し正気に戻れた。
「!? 勇魚センパイ、何やってんだよ!!」
薬と、コップに入った水を持ってきたシャチが慌てて近付いてきた。
「ばかやろーっ! なんでおまえはヒート中のオメガの家にのこのこ入ってきてんだ!! 普通襲われても文句は言えねーぞ!?」
「そ、それは、センパイが襲われる心配、ですか?」
「ちげーよ! おめーだよ!! ッおまえ、このままここにいたら俺に無理矢理ツガイにされちまうぞ、今のうちにさっさと帰れよ……!」
俺はシャチが持ってきてくれた薬と水を奪うように受け取ると、震える手で素早く飲み干した。
良かった、これで……
「はあ、はあ、はあ……」
さっきはマジでやばかった。殴って一瞬マトモに戻れんなら、前も自分を殴ればよかったな。くそー……。
「勇魚センパイの顔、手当するまで帰りません!」
「ッはあ? 馬鹿かよ、今すぐ帰れって!」
薬を飲んでヒートは楽になっても、完璧に治まるワケじゃない。
「帰らない!!」
「学校サボる気かっての! ヤンキーじゃねぇんだろ、てめーは……」
やべぇ、抑制剤の効果か?
なんか……急に眠くなってきた。
「勇魚センパイ!」
シャチは、前のめりに倒れた俺を抱きかかえるようにキャッチしてくれた。
(あ……)
そのとき――ほんの微かだけど、シャチのフェロモンを感じた。
(めちゃくちゃ、いいにおいじゃねーか……)
シャチの体臭も普通に好き、だけど。
こいつのフェロモン、やべぇな……。
「うっ……」
そのとき俺は軽くイッたかもしれない。が、真偽の程はわからない。
次に俺が目を覚ましたのは丸一日も経った後で、しかも病院の病室だったからだ。
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