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初めて勇魚センパイに会った時。
おれのうんめいのひとだ、と思った。
『運命の番』とかって話じゃない。
ただ、ずっと一緒にいたいひと。
そばにいて、離したくないひと。
――大事なひと。
*
「なーシャチ、お前の母親って男のオメガなんだろ! うちの母ちゃんがお前は変態から生まれたんだって言ってたぞ! やーい、ヘンタイ、ヘンタイ!」
そんな風にからかわれるのは、もう日常茶飯事。
言葉の暴力に対して、俺は肉体的な暴力でお返しするものだから、最終的に俺が悪いってことにされるのも、上に同じ。
殴った理由を、そいつが自分の母親を悪く言ったからだってどんだけ訴えても、『そりゃ、男のオメガだから』って。
そう言われるのは当たり前、って空気。相手は御咎めなしで、俺ばかりが罰を食らう。
そのうち、俺は傷付かなくなった。
ただ言われっぱなしはムカつくから、身体的に痛めつけてお返ししてやろうって、更に強く思うようになった。
ときどき『やるなら言葉で返せよ!』って文句言われたけど、俺は、どうしてもうまい言葉がすぐ出てこないから……。
殴られるのが嫌なら、最初から言わなきゃいいだろ。
無言でそう訴えた。
そのうち身体が大きくなるにつれて、同級生からは何も言われなくなった。
*
「だからってね、毎回やりすぎなのよアンタ。余計に方々から恨み買いまくってるじゃないの」
呆れたように言いながら、額にできた傷の手当をしてくれているのは、父の愛人のひとり。女性のオメガで、名前は海月さん。
だけど本人は『くらげじゃなくてミツキって呼べ!』ってウルサイ。
「……最初に絡んできたのはあっちだし。殴ってきたのもあっちが先。俺は同じ数だけやり返しただけ」
「パワーが違うのよ、パワーが! アルファでしょ、アンタ」
「……まだ、バース分かってない」
「見ただけで分かるっつーの! 13歳でその体格、父親はアルファ、母親はオメガ。アルファが生まれる確率が一番高い組み合わせでしょ」
「……知らねーし」
俺の母親は男性オメガ。それが原因で、今まで何度も陰口やら言葉の暴力を浴びせられてきた。
会ったことはない。俺を産んだときに亡くなったらしいから。
俺を産んでくれたことは感謝してる。
してるけど……。
なんでだろ。
素直にアリガトウゴザイマスって、言う気になれないのは……。
*
14歳になり、学校で一斉にバースの検査を受けた。
俺の第二次性は海月さんが言ったとおり、アルファだった。なんとなくそうだろうな、って自分でも分かってた。
中学生になったらさすがにもう俺を男オメガから生まれた奴、って正面からからかってくるような奴はいない。
幼い頃、俺にそう言ってきた奴らは、俺がアルファだって判明するとコソコソして、なるべく俺の視界に入らないようにしていた。
昔からかってゴメン、って謝ってくる奴までいた。俺は殴り返していたからおあいこなのに。
そのとき同じクラスに、オメガだって判明した男子がいた。
そいつは女子みたいに可愛い顔をしていたから、検査を受ける前からあいつはオメガじゃないか、って陰で言われたりもしていた。で、実際にそうだったらしい。風の噂だ。
彼はその結果にひどいショックを受けたようで、それから学校に来なくなった。
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