16.オメガの母親

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* 「なんで、男がオメガだとダメなんだ?」  一度父親に訊いたことがある。さすがに父の愛人たち――全員女性オメガだが――に、訊くのは憚られたから。 「ダメだぁ? 誰がそんなこと言ったんだ」 「誰って……世間? みんな。俺、小さい頃から男オメガから生まれたってだけで厭なこと言われたり、からかわれたりした。同じクラスの男オメガは、もうガッコー来なくなったし」 「ハア……日本は遅れてんなァ……まだそんな段階かよ」  父親は煙草の煙を吐きながら、吐き捨てるように言った。  父は、いくつものラブホテルを経営している経営者で、アルファ。再婚はしてないけど愛人は今のところ5人いて、全員が女性オメガで、俺も一緒に暮らしている。 「……外国は違うのか?」 「地域によってはな。よその先進国じゃ、男性オメガを差別するだけで罰せられる法律だってあるところはあるぞ」 「……!」  世界中でバースというものが認知され始めたのは、今から40年ほど前らしい。アルファはなんとなくみんなのリーダー的存在となっていて、オメガは今よりももっと差別されていた。  特に男性のオメガは男なのに子どもが産める異質な存在として、それはそれはヒドイ扱いを受けていたらしい……。 「日本でもそういう活動はあるが……如何せん、島国だからな。新しいモノは受け入れがたいんだろう。あと10年もすりゃ何も言われなくなるよ」 「10年……」  それは、14歳の俺には途方もない年月に思えた。  同じクラスのアイツが気に病まなくなるまで、あと10年。大人になってしまうじゃねーか、って。 「いいかシャチ、お前はオメガを差別なんかするんじゃねーぞ。世間じゃアルファばかりがもてはやされてるけどな、オメガってのは男も女も素晴らしい性なんだよ」 「スバラシイ、セイ?」 「おーよ。だってお前、どんだけ頑張ってもコドモ産めねぇだろ?」 「……」  俺は黙ってコクンと頷いた。  男に生まれて、子どもを産むなんて考えたこともない。 「……人間は、コドモを産むのが一番スゴイのか?」 「ったりめーだろ。人間だけじゃねえぞ、生き物すべてがそうだ。俺たちは未来にこの(しゅ)を繋ぐためだけに今を生きてんだから」 「未来に、繋ぐため……」 「そーだぞ、金持ちも貧乏人もカンケーねぇ。どんな奴でも命はたったひとつなんだ。もちろん子ども産んだ奴だけがエライってワケじゃねーぞ? 人間全体で種を残すことが大事なんだから。つまりひとりひとりが……」 「……??」  父の話は少し難しくて、ピンとこない。俺が首をひねってると、父は呆れたように言った。 「ああもうとにかく、女じゃねえのにガキを孕める男オメガはめちゃくちゃすげーってことだよ! お前の母親はな、誰よりも美人で誰よりも優しかった。陰口上等! むしろそんなすげー奴から産まれたことを自慢しろ!」 「……!」  俺は、母親が死んだあと何人もの女性オメガを囲っている父親のことが基本的にはキライだが、この言葉は何故か嬉しかった。  初めて心から母親に、『俺を産んでくれてアリガトウ』って素直に思えた気がした。  それから……俺も会いたかったなって、思った。  そのあと何故か父が少し涙ぐんでいたから、俺も少しだけ泣いてしまった。  多分、バレてないと思う。  ちなみに何人ものオメガを囲っている理由は、これ以上不幸なオメガを増やさないためのボランティア、らしい。よくわからん。  本当にアイシテルのは今でも死んだ母親だけだって。  それを納得して、自分の他にも愛人がいるのを受け入れたヒトタチだけを囲っているから問題ない、だって。  ……本当に、オトナはよくわからん。
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