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勇魚センパイは、素敵な名前の素敵なひとだった。
『いさな』はクジラの古い呼び名だ。両親のどちらかがクジラが好きなんだろうか。
俺はシャチの名を持つ男だけど、生き物としては、広い海を悠然と泳ぐクジラの方が断然好きだ。性格的にも。
シャチの『海の殺し屋』という異名は、ちょっとかっこよすぎると思う。
暴力的なイメージというか……まあ、暴力的な俺にはむしろぴったりの名前なのかもしれない、ケド。
*
勇魚センパイはとにかく明朗快活というか、アグレッシブというか、竹を割ったようなハッキリした性格で、クラスの人気者だった。
俺は約束もしていないのに強引にお昼に誘おうと会いに行ったとき、クラスの人たちとのやりとりを少し見ただけだけど……。
俺は、やたらと積極的に俺に話しかけてくる3年生の女子たち――勇魚センパイに下の名前で呼ばれていた――に戸惑いながらも、質問していた。
『勇魚センパイは、人気者なんデスネ……』
『え、勇魚ちゃん? うん! 可愛いし頭もいいしねぇ。ちょっと怒りん坊だけど~』
『でもそこが面白いんだよね』
『そうそう、ワザとワガママ言いたくなっちゃうよねぇ~』
『なんか、ゲンカクなオトーサンみたいなトコあるっていうか』
『あの見た目でね、ギャップでつい笑っちゃうよね!』
『へえ……』
ちょっといじられているケド、やっぱり人気者だった。
ああ、こういうヒトがみんなのリーダー的存在で、理想のアルファなんだろうな……って、思った。
*
勇魚センパイはキリッとした眉毛が全部見える位の黒髪短髪に、意志の強そうな大きな瞳。そのうえ童顔で小柄だけど、決して女っぽくはない。
男のオメガは普通の男よりも首や腰が細くて、子どもを産むから骨盤も大きいと一般的には言われているけど、勇魚センパイは全然そんな体型じゃない。
パッと見ただけじゃ、絶対にオメガだとは分からない。
後から聞いたけど、空手部の副主将をしているらしい。
だからなのか、しなやかな筋肉のついたしっかりとした体格で、普通に男らしくてカッコイイヒトだと思った。
――だから俺は、勇魚センパイのことを最初は本当に、アルファじゃないかと思ったんだ。
抑制剤を飲んでいる今の俺は、オメガのフェロモンが分からないから。
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