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勇魚センパイは、オメガである自分にかなり引け目を感じているようだった。
自分がクラスメイトたちにちやほやされるのは、男のオメガが珍しいからだって。
たくさんの後輩から慕われているのも、自分の弱点を見つけたいからだろうって。
俺はそれを聞いて、ひどく悲しい気持ちになった。
バース検査でオメガだと判明して、悲観的になる気持ちは想像できる。それでトーコーキョヒになるくらい、ショックを受ける奴もいるから。
でも、勇魚センパイはこんなに素敵なひとなのに。
自分ではその魅力に何一つ気付いてないんだ、って思ったら……。
そんな勇魚センパイに今俺が告白したところで、『俺がオメガだからだろ?』って言われるのなんか目に見えている。
俺は、勇魚センパイがオメガだから惹かれたワケじゃないのに……。
*
空手道場で、角刈りの主将サンとほぼ互角で組手をしている勇魚センパイは、誰よりも男らしくてカッコよかった。
そしてそう思っているのは俺だけじゃない、ということも知った。
『九条先輩、かっけ~……』
『ほんと、オメガだなんて思えねーよ』
『でも時々色っぽいんだよな、汗拭ってるだけとかなのに』
『それな。やっぱりオメガだからかな?』
『『とにかくたまんねぇよな~』』
『………チッ』
そんな会話をしてたのは、多分2年の連中。俺が聞こえるように大きく舌打ちをしたから、奴らはビビって口を噤んだ。
センパイだからってカンケーねー。
『な、なんだアイツ……?』
『例の新入生のアルファだろ』
『じ、じゃあ今のって威嚇!? 九条先輩、あんなやつに目ぇ付けられてんのかよ、やべーじゃん……』
あんな軽い舌打ちが威嚇なわけない。少し噴き出しそうになった。
だいたいアルファだけの暗黙の了解というのか、ベータやオメガ相手には基本的に威嚇は使わない。使ったらいけない。
それはプロの格闘家が、素人をボコボコにするようなものだからだ。もしオメガやベータ相手に威嚇を使う奴がいたら、それはマジでクズなアルファだ、って父が言っていた。
でも、ベータやオメガはそんなこと知らねーから(知ってる奴も中にはいるケド)それだけアルファは怖いってことだ。
俺も気を付けないと……舌打ちくらいはするケド。
それより、勇魚センパイだ。
本人に自覚は無いけど、モテまくっている。あんなに魅力的なひとなんだから、当たり前だ。ライバルは多い……。
このときばかりは、勇魚センパイが自分の魅力に無頓着なことに救われた。
自分の魅力を知って欲しいって思うのに、俺は矛盾してる。
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