21.葛藤

3/3
前へ
/188ページ
次へ
 これ以上はマズい!  これ以上あんなイヤらしい顔で、あんな風に誘われたら、いくら抑制剤を飲んでたって襲うに決まってる!!  俺がこのとき勇魚センパイを襲わなかったのは、勇魚センパイのことが好きだって自覚が既にあったから。  もし自覚してなかったら、もう、確実にヤってた。  だって、誘ったのはあっちだし。  ああ、でも俺は相手が好きなヒトだから良かったけど、これが名前も知らないオメガだったらどうだろう。  フェロモンで誘惑されて、襲って、そのままその相手と間違って番ってしまったら。  ――考えるだけでオソロシイ!  でも、それはアルファだけの問題じゃない。オメガ側だって、そんなのは本意じゃないハズだ。  少なくとも、勇魚センパイはそうだ。  こんなこと、正気だったらするハズがないから。  現に俺に引き剥がされた勇魚センパイは、一瞬正気に戻ったのか、サーッと顔色が悪くなって絶望的な表情になった。 「あ……違う、今のはうそだ。嘘だからな! ごめんなシャチ、違うんだよ……」  俺にはちゃんと分かってる、ヒートのせいだって。  そう言って安心させてあげたかったけど、今はヒートを抑える方が先だ。 「薬な? 薬……俺の机の一番上の引き出しの中……」  正気に戻った勇魚センパイは、抑制剤が保管している場所をすぐに俺に教えてくれた。  昨日遊びにきていてよかった。  すぐにセンパイの部屋に薬を取りに行けるから。 * 「ッオラぁ!!」 「!?!?」  薬と水を持って戻ってきたら、勇魚センパイは何故か自分の顔を思いっきり殴っていた。まったく遠慮のない、綺麗な右ストレート。 「勇魚センパイ、何やってんだよ!!」  あ、また敬語忘れた。って、今はどうでもいいか。  すると勇魚センパイは、俺に怒鳴った。 「ばかやろーっ! なんでおまえはヒート中のオメガの家にのこのこ入ってきてんだ!! 普通襲われても文句は言えねーぞ!?」  俺はキョトンとしてしまった。  だって誰が、誰を襲うって?  「そ、それは、センパイが襲われる心配ですか?」 「ちげーよ! おめーだよ!! おまえここにいたら俺に無理矢理ツガイにされちまうぞ、今のうちにさっさと帰れよ……!」  そして勇魚センパイは、俺の持ってきた薬を口に入れるとグッと水で流し込んだ。  その仕草は、どこまでも男らしくてカッコよかった。  喉仏が上下する様も、口の端から少し水が零れて、熱で赤く染まった皮膚にしたたっていく様子にも、つい見惚れた。  ――それよりも。  勇魚センパイは、俺のことを心配していた。襲われるのはオメガ(センパイ)の方なのに、アルファ(おれ)のことを……。  また胸がぎゅううううう、ってなった。  ヤバイ、なんだこれ。  どこまでカッコイイんだ、このひと。ヤバスギ……!!  っていうか、顔、勇魚センパイの顔! 思いっきり殴ってたから、なんかすっげー腫れてきたんだけど。手も!  ああ、センパイの可愛い顔が……今すぐ冷やさないと。 「勇魚センパイの顔、手当てするまで帰りません」  俺が開き直ったようにそう言うと、勇魚センパイはまた怒った。 「はあ!? 馬鹿かよ、今すぐ帰れって!」 「帰らない!!」 「学校サボる気かっての! ヤンキーじゃねぇんだろ、てめーは……」  昨日は俺、ヤンキーじゃないって言ったけど、前言撤回する!  ここで勇魚センパイを放って学校へ行くのがフツーの生徒なら、俺は断然ヤンキーのほうがいい。  見かけは既にヤンキーなんだから、何の問題もない。  すると、ぷりぷり怒っていた勇魚センパイが急に前のめりに倒れたので、慌てて抱き留めた。 「勇魚センパイ!?」  どうやら薬が効いてきたらしくて、勇魚センパイは俺の腕に抱かれたまま、意識を失った。
/188ページ

最初のコメントを投稿しよう!

698人が本棚に入れています
本棚に追加