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これ以上はマズい!
これ以上あんなイヤらしい顔で、あんな風に誘われたら、いくら抑制剤を飲んでたって襲うに決まってる!!
俺がこのとき勇魚センパイを襲わなかったのは、勇魚センパイのことが好きだって自覚が既にあったから。
もし自覚してなかったら、もう、確実にヤってた。
だって、誘ったのはあっちだし。
ああ、でも俺は相手が好きなヒトだから良かったけど、これが名前も知らないオメガだったらどうだろう。
フェロモンで誘惑されて、襲って、そのままその相手と間違って番ってしまったら。
――考えるだけでオソロシイ!
でも、それはアルファだけの問題じゃない。オメガ側だって、そんなのは本意じゃないハズだ。
少なくとも、勇魚センパイはそうだ。
こんなこと、正気だったらするハズがないから。
現に俺に引き剥がされた勇魚センパイは、一瞬正気に戻ったのか、サーッと顔色が悪くなって絶望的な表情になった。
「あ……違う、今のはうそだ。嘘だからな! ごめんなシャチ、違うんだよ……」
俺にはちゃんと分かってる、ヒートのせいだって。
そう言って安心させてあげたかったけど、今はヒートを抑える方が先だ。
「薬な? 薬……俺の机の一番上の引き出しの中……」
正気に戻った勇魚センパイは、抑制剤が保管している場所をすぐに俺に教えてくれた。
昨日遊びにきていてよかった。
すぐにセンパイの部屋に薬を取りに行けるから。
*
「ッオラぁ!!」
「!?!?」
薬と水を持って戻ってきたら、勇魚センパイは何故か自分の顔を思いっきり殴っていた。まったく遠慮のない、綺麗な右ストレート。
「勇魚センパイ、何やってんだよ!!」
あ、また敬語忘れた。って、今はどうでもいいか。
すると勇魚センパイは、俺に怒鳴った。
「ばかやろーっ! なんでおまえはヒート中のオメガの家にのこのこ入ってきてんだ!! 普通襲われても文句は言えねーぞ!?」
俺はキョトンとしてしまった。
だって誰が、誰を襲うって?
「そ、それは、センパイが襲われる心配ですか?」
「ちげーよ! おめーだよ!! おまえここにいたら俺に無理矢理ツガイにされちまうぞ、今のうちにさっさと帰れよ……!」
そして勇魚センパイは、俺の持ってきた薬を口に入れるとグッと水で流し込んだ。
その仕草は、どこまでも男らしくてカッコよかった。
喉仏が上下する様も、口の端から少し水が零れて、熱で赤く染まった皮膚にしたたっていく様子にも、つい見惚れた。
――それよりも。
勇魚センパイは、俺のことを心配していた。襲われるのはオメガの方なのに、アルファのことを……。
また胸がぎゅううううう、ってなった。
ヤバイ、なんだこれ。
どこまでカッコイイんだ、このひと。ヤバスギ……!!
っていうか、顔、勇魚センパイの顔! 思いっきり殴ってたから、なんかすっげー腫れてきたんだけど。手も!
ああ、センパイの可愛い顔が……今すぐ冷やさないと。
「勇魚センパイの顔、手当てするまで帰りません」
俺が開き直ったようにそう言うと、勇魚センパイはまた怒った。
「はあ!? 馬鹿かよ、今すぐ帰れって!」
「帰らない!!」
「学校サボる気かっての! ヤンキーじゃねぇんだろ、てめーは……」
昨日は俺、ヤンキーじゃないって言ったけど、前言撤回する!
ここで勇魚センパイを放って学校へ行くのがフツーの生徒なら、俺は断然ヤンキーのほうがいい。
見かけは既にヤンキーなんだから、何の問題もない。
すると、ぷりぷり怒っていた勇魚センパイが急に前のめりに倒れたので、慌てて抱き留めた。
「勇魚センパイ!?」
どうやら薬が効いてきたらしくて、勇魚センパイは俺の腕に抱かれたまま、意識を失った。
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