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「………」
ココは、どこだ……カラダが熱っちい……。
ゆっくりと目を開けて、緩慢に身体を起こして、周囲を確認する。
白い壁、白い天井、左腕に繋がれた点滴。少し離れた場所にある二人掛けのソファーに、壁に飾られている田舎の風景画。
過去に二回ほどこの部屋に入った記憶が一気に蘇った。
(ああ、またここに来ちまったのか……)
ここはバース専門病院の、ヒート中のオメガ用の個室だ。
最初に入ったのは、14のとき初のヒートを起こした時。その次は、鮫島先輩に無理矢理ヒートを起こされた時。
どちらも救急車で運ばれたらしく、気が着いたらここにいた。
今回は……えーっと……
コンコン
軽めのノックがしてドアが開き、白衣を着た男性と女性が姿を現した。医者と看護師だ。
個室には監視カメラが付いているので、彼らは毎回絶妙なタイミングで部屋に入ってくる。
「やあ、久しぶりだね九条君。二年振り、かな?」
「こんにちは……」
看護師の方は知らないが、医者の方は何度かお世話になったことがある。名前は、えっと……ちらりと名札を見た。そうそう、間黒先生だ。
ベータらしいが、バースの専門医として界隈では有名らしい。
銀縁のメガネを掛けていて、物腰が柔らかくて年齢不詳。お坊ちゃん風というか、いかにもお医者さんといった感じの先生だ。
看護師の方は鈴木さんというらしい。まだ新人なのか、先生の後ろで少し緊張した面持ちで立っている。
「九条君は昨日の朝に突発的にヒートが来て、抑制剤を飲んだあと気を失って、それからずっと寝てたんだよ。もう丸一日経ってるけど、ヒートが起きたときのことは覚えてる?」
「いや……頭がボーっとしてて……」
「まだヒートが終わってないからね。僕達もすぐに出て行くから……あ、お母さんが見えたら部屋に案内してもいいかな?」
「ハイ……」
「ちなみに、救急車を呼んでくれた子は桐生院クンって子で、後輩かな? 病院まで付き添ってくれたよ。キミが全然彼の服を離さないからさ」
「え!?」
目を丸くした俺を見て、間黒先生はクスクス笑った。
「本当にどうしても離さないから、もう二人で個室入ればって薦めたんだけど……でも、番じゃないのでって丁寧に辞退されたよ」
(え……)
間黒先生の言葉に、何故か少しだけ胸がズキッとした。
「彼、アルファの抑制剤を飲んでるっていってたけどすごいね。まだたったの15歳なのに、ヒート中のオメガを前にしてあの冷静な態度はなかなか出来ることじゃないよ」
「……ハイ」
――そうだ、シャチは凄い。
自分に素直だし、見かけによらず芯が強そうだから、自分がイヤだと思ったらきっとそれを最後まで貫くんだろう。
好きでもないオメガが目の前でヒートを起こしたところで、本能に負ける姿はあまり想像できない。
あいつの番になるオメガは、きっと幸せだろうな……。
「あの子は恋人でしょ? 番うのは彼が卒業してからの予定なの?」
「は? いや、シャチは恋人じゃないです」
いきなり何を言い出すんだよ! 病院まで付き添ってくれただけで恋人扱いなんて、シャチに失礼だろうが。
でも看護師は『えぇっ!?』ってな顔で大袈裟に驚いてるし、間黒先生は俺が照れていると思ってるのか、微笑ましそうな視線を向けている。
なんか、すげーカンチガイされてんな。
ああ、俺がアイツから手を離さなかったからか……。
そこで俺はハッとした。
(なんか、急に思い出した! そういや俺、あいつに、シャチに、すげーこと言った……!)
早くヤろーぜ、とか。
お前のソレをブチ込んでくれ、とか。
(ああああああ!!)
あいつは俺のことなんか、ただの『カッコイイ先輩』としか思ってないのに!
けれど今やもう『カッコイイ先輩』ですらなくなっているだろう。後輩にすら下品に迫る、ど変態のオメガ野郎か?
(うあぁ……穴があったら入りたい……!! つーか死にたい!)
俺はその辺にあった布を掴むと、穴に入る気持ちで顔を埋めた。
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