699人が本棚に入れています
本棚に追加
「あ、それそれ」
「え?」
「キミがどうしても離さなかった、桐生院君のシャツだよ」
「!?!?」
思わず壁にブン投げそうになって、でもシャツは何一つ悪くないから、ただ俺の手元でぐしゃぐしゃになった。
なんかいい匂いがすると思ったら……そうだ、これはシャチのニオイだ。
「ふふ、そんなに照れなくてもいいのに。恋人じゃなくても、かなりいい感じなんじゃないの?」
「え? いやその、あいつとは全然そういうんじゃなくて……」
「? じゃあ彼とはどういう関係?」
「どういう関係って……」
そう聞かれると、俺とシャチはどういう関係なんだろうか。
単なる同じ学校の先輩と後輩というには、なんだか距離が近い気がする。
でも知り合ったばかりだし、恋人じゃ絶対ねぇけどトモダチでもねぇし。
うーん……。
「よく……ワカリマセン」
「え~!?」
むしろなんでそんなに驚くんだよ。
シャチはただ不幸にも現場に居合わせて、付き添ってきただけなのに。
「なんか甘酸っぱい青春のニオイがする……」
「それ私も匂います、先生……!」
青春のニオイ? 俺、汗臭ぇのか? ……風呂入りてぇ。
先生と看護師は俺に背を向けた状態で、まだ二人でボソボソ話している。
ただし内容は丸聴こえだ。
「間黒先生、これって無自覚両片想いというやつですよね……!?」
「うんうん鈴木君、僕もそう思う」
「あのー、なんかよくワカリマセンけど、俺とシャチにはそういう、レンアイ感情は一切ない、です。アイツはすげーいい奴だから、目の前でヒート起こした俺を放っておけなかっただけですよ」
昨日は学校、遅刻しただろうな。
ヒートが開けたら、真っ先に謝りに行かないと……
それかもう、俺はアイツとはヘタに関わらない方がいいのかも。
引く手数多のアルファ様、だもんな。俺みたいなオメガが側にいていいワケない。
くっついてきたのは、アイツの方からだけど……。
まあ、それももう今後はなくなるだろう。
少し淋しいと思うのは、俺がそれなりにアイツのことを気に入っていたからだ。……あの、変わり者のアルファを。
「ええと、九条君のほうは桐生院君のことを好き、なのかな……?」
そんなこと、医者に答える必要あるか?
絶対に個人的な興味だろ。
「さあ……でも、アイツの匂いはなんか好きなんですよね、俺」
そんな意図が分かりきった質問に、馬鹿正直に答える俺もどうかしてると思うけど。
「匂いは好き、かぁ~……」
「うぅ、焦れったい……!」
何を悶えてんだよ、この医者とナースは。
「あの、もういいですか? ちょっと1人になりたいっつーか……」
「あ! 長くなってごめんね。あと顔と手は大丈夫? 点滴に痛み止めも入れてるんだけど、今は痛くない?」
「え? あぁ」
言われて思い出した。そういや自分の顔、思いっきり殴ったなって。
右頬にはご丁寧に大きなガーゼが、右手には包帯が巻いてあった。
自分でやったことだから完全に自業自得だけど、歯は折れてなくて良かった。
最初のコメントを投稿しよう!