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 レムは目をさました。  まぶしさに顔をしかめると、見慣れたものが目に入った。  むきだしの梁に支えられた、傾斜のある天井だ。微細な埃が、梁の下できらきら踊っている。  いっぱいに陽が射し込む窓の外からは、鳥のさえずりがにぎやかに聞こえていた。  朝。   ここは自分の部屋だ。寝ているのは自分の寝台だった。  みんな夢だったのかな、とレムは思った。いったい、どこからが夢なのだろう。リューたちが現れた時から? フォーヴァに会った時から? それとも、トルグが死ぬ前から?  起きて階段を下りて行けば、トルグが台所でにっこりと振り返ってくれるかもしれない。  身を起こそうとした時、扉がそっと開いた。  こちらを見、にっと笑ったのはカーラだった。 「よう、お目覚めだな」 「カーラさん」  レムはつぶやいた。 「ぼくは?」  カーラは部屋に入ってきてレムの首筋に手をあてた。ひとつ頷き、もう一方の手でぐりぐりとレムの頭をなでた。 「もう大丈夫のようだな。五日寝てた。腹がへったろう」 「五日?」  レムは驚いた。 「だって、ぼくは」  そうだ。あの時レムはフォーヴァにクウの血のことを伝え、そのまま気を失ってしまったらしい。  それから、五日?  「リューは?」  カーラは顔を曇らせた。 「死んだよ」 「死んだ……」 「可哀想に。森に埋めてやった」 「でも、ぼくは生きている」  カーラは、ゆっくりうなずいた。 「フォーヴァが、頑張った」 「フォーヴァさんの魔法で?」 「クウの血はなくなった。安心していいよ」 「フォーヴァさんは?」 「あいつも眠っている。なかなか起きない」 「力を使いすぎたの?」 「心配するな」  カーラはレムの肩をたたいた。 「あいつが取り乱すのをはじめて見たよ。どんなことをしてもきみを助けようとしていた。きみがほんとうに大事なんだな」 「フォーヴァさん」  レムはすすりあげた。 「会えますか?」 「うん。だがまず牛乳粥でも飲もうか。身体を動かす力が必要だ」  レムは首を振って毛布を払いのけようとした。両手がいやに強ばっていた。  両手のひらに、大きな十字型の傷がついていることに気がついた。傷のまわりが星のような青いあざになっていた。 「痛みはないだろ?」  カーラが、傷を見つめているレムに言った。 「動かしづらいのは今に治る。傷もそのうち見えなくなるはずだ」 「これは?」 「フォーヴァがつけた」  カーラはちょっと息を吐き出し、眉の間をかりかりと掻いた。 「フォーヴァは、君の血と自分の血を入れ替えた。君の中で流れている血は、フォーヴァのものだ」  レムは、目を見開いてカーラを見つめた。 「じゃあ、フォーヴァさんは?」 「君の血が入っている。自分はきみより大きいから、クウの血も致命的にはならないはずだとフォーヴァは言った。きみを助けるにはそれしか方法がないと」 「致命的……」  レムは、震える声でささやいた。 「ほんとうに?」 「きみだっていま目ざめた。フォーヴァはもっと時間がかかるかもしれない」  レムは急いで寝台を降りようとした。ふらつく身体を、カーラがあわてて支えてくれた。 「無理するな、連れてってやる」  フォーヴァは寝台に目を閉じて横たわっていた。  明るい陽射しの中で、白く彫り深い顔は、影のきわだつ彫像のようだった。あるかなきかの呼吸、わずかな胸の上下のほかは、ぴくりとも動かない。  レムは、胸の上に置かれたフォーヴァの手をそっと取った。大きく骨張った手、その掌にレムとそっくり同じ傷がついていた。レムはフォーヴァの手に頬ずりし、すすり泣いた。 「このまま、死んでしまわない?」 「おれも手は尽くしているんだが」  カーラはレムの頭に手を置いた。 「クウの血は異界のものでやっかいだ。おれたちの魔法では効き目が薄い。はじめは、血の入れ替えなしできみを助けようとしたんだよ。でも、できなかった」 「だからって……」 「フォーヴァは必死だった。おれは従うしかなかった」  フォーヴァは自分のことを考えもせずにレムを救ってくれたのだ。 「フォーヴァさん」  レムは、フォーヴァの手を両手で握りしめた。  トルグを失った部屋で、またフォーヴァを失いたくはなかった。レムにとってフォーヴァは、トルグと同じくらい大切な人間になっていた。ましてフォーヴァは、自分のためにここに横たわっている。 「フォーヴァさん」  レムは繰り返した。 「起きてよ、フォーヴァさん」  フォーヴァの手が、ぴくりと動いた。レムは、はっとしてフォーヴァの顔を見た。  フォーヴァのまつげが震え、うっすらと目が開いて、疲れたようにまた閉じた。 「フォーヴァさん!」  レムはフォーヴァに取りすがった。フォーヴァは、こんどこそはっきりと目を開けた。 「レム」  レムはもう何も言えず、フォーヴァの胸に顔を埋めた。フォーヴァはされるがままになっていた。 「よう」  カーラがレムの頭ごしに声をかけた。 「どんな具合だ? フォーヴァ」 「身体が、動かない」  フォーヴァはかすれた声で言った。 「クウの血が全身にまわっているようだ」 「おれの力は限界だ。内側からならうまくいくかもしれん。自分で浄化してみろ」  レムは、はっと顔を上げた。 「自分のために魔法は使えない」  レムが思ったことをフォーヴァは口にした。 「おまえのためじゃない」  カーラはふんと鼻をならした。 「おまえがどうにかなってみろ。レムは一生罪悪感に苦しむぞ。それでもいいのか」  フォーヴァは黙り込み、やがて言った。 「いや」 「なら、やれ。レムのために」  カーラはにっと笑い、フォーヴァは再び目を閉じた。 「しばらく放っておいてやろう」  カーラはレムの肩に手をかけた。 「きみには栄養が必要だ」
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