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13
「凄まじい力だった」
カーラが言った。
「フォーヴァが、おれの結界を吹き飛ばしたのがわかった。〈穴〉は消えて、きみの家族が戻ってきた」
「あの時のままだ」
「時空を超えたんだ。きみの家族にとっては一瞬のことでも、こちらではほぼ七年が過ぎている」
再会できた喜びよりも、家族の狼狽ぶりに心が痛んだ。
突然、七年が過ぎてしまった世界に放り出されたのだ。
村長がやってきて、両親をなだめてくれた。想像もできないほどの災難にみまわれたが、命があってなによりだったと。チュスクの者たちは以前のように一家を受け入れるから、なにも心配することはないと。
他の村人たちは、喜びと当惑こもごもの顔をしてレムの家を遠巻きに眺めていた。
夜になっても、レムは家に帰らなかった。
家族はまだ混乱している。両親はすぐにレムと認めてくれたが、大きく成長した息子をどう扱っていいかわからない様子だ。下の妹は何も理解できないものの、モンナはレムを怖れて逃げまわった。
「いまに落ち着くさ」
励ますようにカーラは言った。
「たがいに慣れていくしかないな」
レムはうなずいた。
夜は冷える季節になっていた。カーラは暖炉に火を入れてくれた。トルグがフォーヴァと、ともに過ごした馴染み深い空間が、明るく温もってきた。
考えてみれば、物心ついてからは本当の家よりもここで暮らした時の記憶の方が長いのだ。
レムは、深いため息をついた。
「だけど、フォーヴァさん──」
フォーヴァは、レムたちの前から忽然と姿を消した。カーラが呼びかけても、探り出そうとしても、気配を絶ったままだった。
「フォーヴァさんの目、黒くなっていた。〈穴〉を覗いた時と同じように」
「ああ。おれも見た」
カーラはうつむき、火掻き棒を動かしていた。
「あいつは、〈穴〉に近づきすぎた。アンシュの呪い──」
「フォーヴァさんはアンシュとはちがうよ」
レムは夢中で首を振った。
「自分の力だけを欲しがったりしない」
「そりゃあ、わかっている」
「ぼくのせいだ」
レムはつぶやいた。
「フォーヴァさんは、ぼくのために身体を治した。そして、ぼくのために家族を引き戻してくれたんだ」
「きみのせいじゃない」
カーラは、苦しげに眉根を寄せた。
「おれが、あいつの力を軽く見すぎていた。なんの警戒もなく言った言葉が暗示になったらしい。フォーヴァは、自分を治すと同時に、その力を解放してしまった。〈穴〉をもとの状態に戻すなんて、ヴェズの魔法使いの力をはるかに超えている」
「どうすればいい……」
「フォーヴァを探す。確かめなければ。フォーヴァが本当に呪いに囚われたのかどうか」
カーラは火掻き棒を置いた。
「このままでは、トルグに申し訳がたたないよ」
「トルグさんに?」
「トルグはおれに言った。フォーヴァをよろしく頼むって」
レムは、暖炉の前にうずくまったままのカーラに歩み寄った。
カーラは、炎に目を向けたままだった。彼の短い銀毛の先が、赤っぽく染まって見えた。
「トルグは、フォーヴァのことを最後まで気にかけていた。だからおれは、あいつがここに来てからは、なるべくチュスク近辺にいるようにしていたんだ。まさか、こんなことになるとは」
レムはカーラの脇に座り込み、彼とともに炎を見つめた。
フォーヴァのことだけが思いを占める。
フォーヴァが〈呪い〉に囚われたとは考えたくなかった。自分たちの前から消えのは、なにか理由があるはずだ。新しく目ざめてしまった力に戸惑っているだけかもしれない。
「おれは、一度アイン・オソに帰る」
やがて、カーラが言った。
「一部始終を報告しなければ」
「アイン・オソはフォーヴァさんをどうするだろう」
「教授たちが怖れているのはアンシュの再来だ。どんなことをしてもフォーヴァの力を封じようとすると思う」
「だったら──」
フォーヴァの身があやうくなるのなら、アイン・オソには知らせない方がいいのでは。
「いずれは分かることだ。ヴェズの魔法使いの情報はすべてアイン・オソに集まる。おれ一人よりも早くフォーヴァを探し出すことができるはずだ。あいつさえ見つかれば、あとはその時に考える」
カーラは肩をすくめた。
「だいたい、いまのフォーヴァに対抗できる魔法使いがいるとは、とても思えないよ」
並外れた力を手にしたフォーヴァ。
いったい、どこに行き、何を考えているのだろう。
フォーヴァに会いたい、とレムは思った。命を救ってもらったことに、はっきりと礼も言っていないのだ。
フォーヴァが、自分にとってどんなにかけがえのない存在であるかを伝えたかった。自分には何の力もないが、彼を独りにしないことだけはできる。こんど会ったら、決して離れないのに。
レムは何度目かのため息をついた。
「ぼくにできることはない?」
「そうだな」
カーラは、レムの肩に手を置いた。
「フォーヴァを信じて待っていてくれ。だけど、まず」
レムを優しく揺さぶって、
「きみは、家族から七年分の愛情を取り戻すんだ」
翌日、カーラはチュスクを後にした。
レムは、カーラを村の出口まで見送った。
「フォーヴァさんのことがわかったら、すぐに教えてね」
「もちろんだ。約束する」
カーラは大きく手を振った。レムは彼の姿が木立に隠れてしまうまで手を振りかえし、ふと自分の手のひらに目を向けた。
二つの傷跡をかこむ星形の痣は、いっそう濃くなってきたように思われた。
フォーヴァとは、きっとまた会える。
レムは、ひとり頷いた。
レムにはフォーヴァの血が、フォーヴァにはレムの血が流れている。自分たちは、繋がっているのだ。
レムは、そっと両こぶしを握った。
そしてゆっくりと踵を返し、家族のいる家へと歩き出した。
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