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4
麦刈りが終わっても、レムはフォーヴァと暮らしていた。
彼の態度にも、なんとなく慣れてきた。
必要なことしか話さなかったし、こっちが話しかけなければ一日中黙っていることもあったが、彼の性分だろうと諦めた。
レムの問いに答えてくれなかったのは、初日だけだった。フォーヴァも新生活に少しばかり身構えていたのだろうと許してやることにする。
フォーヴァは、トルグの残したものをそのまま受け入れた。
レムもそのひとつで、レムの世話をすることが自分の務めだと思い込んでいるようでもある。
レムの世話とはつまり、毎日の食事をきちんと与え、よく眠らせ、怪我や病気がないかどうか心くばりすることだった。トルグから預かった生きものを、間違いないよう律儀に面倒を見ているような感じだ。自分が家畜か何かのような気がしてきたけれど、フォーヴァに嫌みはなかった。フォーヴァはフォーヴァなりに、努力しているのかもしれない。
「フォーヴァさんは、どこの生まれなの?」
レムは、一度訊ねてみた。
「わからない」
フォーヴァは、あっさりと答えた。
「母はわたしを生んですぐ死んだ。ロイダという魔法使いが育ててくれた」
レムは、口をつぐんだ。フォーヴァは気にするふうもなく、
「ロイダも死に、アイン・オソに入った。そこにトルグがいた」
子供時代のフォーヴァを想像するのはむずかしかったが、トルグはおそらくレムが知っているままのトルグだったのだろう。とても優しくて、フォーヴァもトルグが大好きだったにちがいない。
トルグがいた時のように、読み書きを教えてもらいに子供たちもやって来た。
フォーヴァは子供が苦手なようで、たびたびレムが手伝った。子供たちもレムの方が喜ぶので、いつのまにかレムが子供たちの先生になってしまった。
好奇心を起こした子供が〈穴〉に近づかないようにするのもレムの役目だ。彼らが森の方へ行かず、まっすぐ家に帰るのを見とどける。
ある昼下がり、そうして子供たちを送り出したレムは、ふらりと〈穴〉に足を向けた。
なぜその時〈穴〉に行ったのか、自分でもわからない。
虫の知らせ? 何かに導かれて?
ともあれレムは〈穴〉に行き、彼女をみつけた。
彼女は〈穴〉の縁に倒れていた。
村の人間ではなかった。
黄金色の豊かな髪に埋まった横顔がこちら側を向いていた。眠るように閉じた長いまつげが細い鼻梁に影を落としている。
美しいその顔は、まだ少女のようだった。深緑色の長い貫頭衣を身につけ、その裾から白い足がのぞいていた。草で編んだらしい緑色のサンダルをはいていた。
レムは立ちつくした。
そこは、〈穴〉のまわりにはりめぐらしたフォーヴァの結界の内なのだ。
結界が壊れたのならフォーヴァがすぐに気づくはずだ。彼女はどうやって内に入ったというのか。
レムの知らせで〈穴〉に来たフォーヴァは、しばらく無言で少女を見つめていた。
灰色の目を細め、少女のすべてを見通すように。
少女は白詰草を褥にして、ゆったりと息をし、眠りつづけている。
「フォーヴァさん」
耐えきれなくなってレムはささやいた。
「この人は、いったい」
フォーヴァは首をふった。
「わたしの結界は破られていない」
「じゃあ」
「〈穴〉と関係がありそうだ」
フォーヴァは結界を超え、少女を抱えた。
「どうするの?」
「家に連れて行く。悪い病いは持っていないようだ」
その時、彼女の波打つ巻き毛の中から何かがこぼれ落ちた。
レムとフォーヴァは、はっとそれを見た。彼女の髪と同じ、蜂蜜色の小さな生き物だった。
やはり眠っている。手のひらに乗るくらいだ。栗鼠、と思ったが尾が細かった。毛は短く、しなやかな身体は猫のよう。褐色の鼻で、顔のつくりも猫じみていたが、ひげがない。なにより子猫と違うのは、大きめの尖った両耳の間に、真珠色の可愛らしい角が一本生えていることだった。
「これは、なに?」
レムはささやいた。
「わからない」
生きものは、ぱっちりと目をひらいた。白いところのない緑色の目だった。すばやく身を起こし、跳び上がるようにして再び少女の髪の毛の中にもぐり込んだ。
こんどは少女が目をひらいた。少女の目もまた緑色で、まっすぐにフォーヴァに向けられた。
少女は、かすれた声で何かささやいた。さらに、とぎれとぎれに一言二言。レムたちの言葉ではなかった。
フォーヴァはうなずいて、〈穴〉を指さした。
少女は〈穴〉を見るとおびえたように身をすくめ、フォーヴァにすがりついた。フォーヴァは彼女を軽く押しやり、立ち上がらせた。
レムは、あっけにとられて二人を見ていた。
「なにを言っているのか、わかるの? フォーヴァさん」
「心に入れば」
「この人はいったい……」
「突然開いた穴に落ちたそうだ。気がついたらここにいた」
少女はフォーヴァに支えられ、ふらつきながら歩き出した。
レムは〈穴〉を見つめた。
彼女は穴に落ち、ここに現れた。
〈穴〉は、別の場所に繋がっているのだろうか?
希望がふつふつとわき上がってきた。
だとすれば、自分の家族も消えたわけではない。
どこか違う場所に行き、無事に生きているかもしれないのだ。
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