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5
少女は、家につくと疲れたように長椅子に座り込み、何も語らなくなった。
フォーヴァも彼女の動揺が収まるまで、多くを訊く気はないらしい。
与えられた食事にも手をつけず、夜になると少女はレムの部屋で眠りについた。用心してか、彼女の髪の中の生きものは、一度も姿をみせなかった。
レムはフォーヴァの寝台で寝ることになったが、なかなか眠れない。起き上がり、手探りで階段を下りた。
テーブルの上で、小さな蝋燭が燃えていた。その側に両手を置いて、フォーヴァはじっと考え事をしているようだ。
「ぼくが長椅子で寝るよ、フォーヴァさん。狭いでしょ」
「いや、大丈夫だ」
レムはフォーヴァの向かいに腰を下ろした。
「あの人は、どこから来たんだろう」
「わからない」
「言葉が通じない。あの変な生きものも──」
フォーヴァはうなずいた。
「わたしが知っている限り、あんな生きものはヴェズに存在しない」
レムは、はっとした。
「ヴェズの生きものではないということ?」
「ああ」
ヴェズが一つの大陸であることはトルグに教えてもらっていた。遠くへだたった海の向こうには、さらに三つの大陸がある。離れすぎているために互いの干渉はなかった。普通の人々は、他の大陸のことなど考えもしないままに一生を終えるのだ。
「〈穴〉は、ヴェズ以外の場所につながっているの?」
「考えられる」
フォーヴァは骨張った長い指をテーブルの上で組み合わせた。
「ぼくの家族も、別のところに」
「わからない」
フォーヴァは首を振った。
「〈穴〉は謎そのものだ。一切が無に落ち込むのだという者が大半で」
フォーヴァは口をつぐんだ。レムの目に、みるみる涙があふれたからだ。
「だが、彼女は現れた」
フォーヴァは言ってくれた。
「無ではないことは確からしい」
「うん」
レムはうなずいた。
「あの人を、どうするの」
「アイン・オソに報告しなければ」
フォーヴァはつぶやいた。
「しかし、その前にもう少し自分で調べてみたい」
レムはフォーヴァを見つめた。
アイン・オソの教授たちの力を借りれば、もっと早くリューのことが解るかもしれないのに。
レムの家族の行方も確かめることができるかもしれないのに。
フォーヴァは、まず自分ひとりの力でやってみなければ気がすまないのだ。
フォーヴァはレムを見返しもしなかった。じっと目を細めて何かを考えているふうだった。
翌朝、リューはいくらか元気をとりもどしたようで、おそるおそるライ麦パンをかじり、牛乳も飲んだ。
レムはリューの髪の中でもぞもぞしている生きものに目をやった。
「それは、何を食べるの?」
フォーヴァは問いかけるようにリューを見た。リューは微笑み、何か言った。
「蜂蜜があればいいそうだ」
レムは瓶の蜂蜜を小さな皿に入れ、テーブルの上に置いた。生きものは身軽にリューの腕を伝い下りた。皿に近づき、蜂蜜をなめはじめる。
「かわいいなあ」
レムは満足げに舌をぺろぺろさせている生きものを飽きずに眺めた。動くたびに美しい毛艶が光る。それ自体がとろけるような蜂蜜色だった。リューの髪と、まったく同じ色。
「クウ」
リューが言った。レムはフォーヴァを見た。
「それの名前だそうだ」
「クウって名なんだ」
レムはおもいきって手を伸ばし、クウの小さな角の付け根を撫でてみた。クウは気持ちよさそうに目を細め、喉をならした。
村人たちを不安にさせないように、フォーヴァは目くらましでリューの姿を隠すことにした。いつものように家に勉強をしに来た子供らもリューには気づかない。
リューはクウを肩に乗せて、家のまわりをものめずらしそうに歩きまわった。フォーヴァが側につきそった。
子供たちが帰って外に出ると、フォーヴァとリューが〈穴〉の前に立っていた。
リューはフォーヴァの背中にしがみつくようにして〈穴〉を見つめている。彼女の気持ちはわかるような気がした。〈穴〉を恐れ、それでも帰れるものならば〈穴〉に飛び込みたいと思っているにちがいない。
フォーヴァがリューをうながすようにこちらに歩き出した。リューはフォーヴァに寄り添ったままだ。
フォーヴァは居心地悪そうだった。もともと彼は、人に触れられるのが苦手なたちなのだ。
クウがリューから下りてレムの方に飛び跳ねてきた。レムはクウを抱き上げた。
手のひらにのったクウは、レムの指先をしゃぶるようになめはじめ、レムはくすぐったさに笑い声を上げた。
「よしよし、また蜂蜜をあげようね」
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