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6
リューが長椅子に座ると、クウはテーブルの上に飛び乗って蜂蜜を待った。
「リューは、どんなこと言ってたの?」
クウの前に蜂蜜の皿を置いてやりながらレムは訊ねた。
「ガウシャイィ」
「ガウ?」
「ガウシャイィ。彼女がいた所だ。森にかこまれた大きな湖があって、いくつかの島が点在している。その島の一つに彼女は住んでいた」
「ヴェズにはない場所なんだね」
「それどころか」
フォーヴァは言った。
「空の色は紫で、小さな二つの太陽がまわっている。一日のほとんどが昼間だ」
レムは目を見開いた。
「あるの? そんなところ」
「大陸は違っても、空は同じはずだ。二つの太陽などありえない。リューは、われわれとは違う世界の住人らしい」
レムは唖然とした。ヴェズの外のことすら考えたことがないのに、違う世界なんてとっぴようしもなさすぎる。
海で繋がっている別の大陸も、違う世界も、普通では行き着けないことに変わりはなかったが。
レムは、思わず頭をかかえた。
「リューは、ぼくの家族のことを知らないかな」
「よそ者の話は聞いたことがないと言っていた」
「そう……」
リューは〈穴〉に落ちてこの世界にやって来た。〈穴〉の中に消えた自分の家族も、リューのようにどこかで生きているはずだ。
レムはそう信じたかった。
まるで知らない世界に放り出されても、きっと。
クウは蜂蜜をきれいに舐めおえると、レムの頭の上によじ登った。小さな足の感触がくすぐったくて、レムは思わず肩をすくめた。
リューは、ゆったりとした笑みを浮かべていた。フォーヴァが彼女の前に屈み込み、その肩に両手をおいた。
フォーヴァはリューの目をじっと見つめた。リューは見つめられるままになっていた。
レムは、はっと息をのんで二人を見守った。二人はぴくりとも動かない。長い時間が過ぎたかに思われた。
やがてフォーヴァはリューから目をそらし、震えるような息を吐き出した。こめかみに血管が浮かび、蒼白な顔色になっている。
「フォーヴァさん」
レムは叫んだ。
「どうしたの?」
レムの声に驚いたクウがレムから飛び降り、まっしぐらにリューの頭にもぐりこんだ。
フォーヴァは、軽く頭を振った。
「もっとリューの奥に入りたかった。彼女の深層から来た道筋を探り、来た世界にたどり着けないかと思った。帰り道が解れば──」
「わかったの」
「いや」
フォーヴァは言った。
「だめだった」
「だめ」
レムはリューに目をやった。リューはレムを見返して、とまどったような笑みをうがべた。その髪の毛の間からクウがちょこんと顔をのぞかせている。
「なぜだ」
フォーヴァはつぶやいた。
「いくら心を伸ばしても、なにも探せなかった。私の力が及ばないのか」
「少し休んだ方がいいよ、フォーヴァさん。顔が真っ青だ」
リューがフォーヴァに歩み寄った。フォーヴァを見上げ、彼の胸に手をかけて何かを語った。
フォーヴァは目をそらして一歩退き、リューの手から身体を離した。
リューは何と言ったのだろう。
しかし、いま訊ねるのはやめにした。フォーヴァの青白い顔に、ほんのりと赤みがさしたような気がしたから。
数日が過ぎた。
リューは、レムでもはっきりとわかるほど変化していた。
当初のほっそりした少女の肢体は、豊かな丸みを帯びてきた。顔の輪郭はひきしまり、緑色の目がいっそう大きく見えた。それは美しい潤いをたたえ、草原のように輝いた。
朝が来るたび、彼女は成熟していた。少女から女性へと。
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