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 リューが長椅子に座ると、クウはテーブルの上に飛び乗って蜂蜜を待った。 「リューは、どんなこと言ってたの?」  クウの前に蜂蜜の皿を置いてやりながらレムは訊ねた。 「ガウシャイィ」 「ガウ?」 「ガウシャイィ。彼女がいた所だ。森にかこまれた大きな湖があって、いくつかの島が点在している。その島の一つに彼女は住んでいた」 「ヴェズにはない場所なんだね」 「それどころか」  フォーヴァは言った。 「空の色は紫で、小さな二つの太陽がまわっている。一日のほとんどが昼間だ」  レムは目を見開いた。 「あるの? そんなところ」 「大陸は違っても、空は同じはずだ。二つの太陽などありえない。リューは、われわれとは違う世界の住人らしい」  レムは唖然とした。ヴェズの外のことすら考えたことがないのに、違う世界なんてとっぴようしもなさすぎる。  海で繋がっている別の大陸も、違う世界も、普通では行き着けないことに変わりはなかったが。  レムは、思わず頭をかかえた。 「リューは、ぼくの家族のことを知らないかな」 「よそ者の話は聞いたことがないと言っていた」 「そう……」  リューは〈穴〉に落ちてこの世界にやって来た。〈穴〉の中に消えた自分の家族も、リューのようにどこかで生きているはずだ。  レムはそう信じたかった。  まるで知らない世界に放り出されても、きっと。  クウは蜂蜜をきれいに舐めおえると、レムの頭の上によじ登った。小さな足の感触がくすぐったくて、レムは思わず肩をすくめた。  リューは、ゆったりとした笑みを浮かべていた。フォーヴァが彼女の前に屈み込み、その肩に両手をおいた。  フォーヴァはリューの目をじっと見つめた。リューは見つめられるままになっていた。  レムは、はっと息をのんで二人を見守った。二人はぴくりとも動かない。長い時間が過ぎたかに思われた。  やがてフォーヴァはリューから目をそらし、震えるような息を吐き出した。こめかみに血管が浮かび、蒼白な顔色になっている。 「フォーヴァさん」  レムは叫んだ。 「どうしたの?」  レムの声に驚いたクウがレムから飛び降り、まっしぐらにリューの頭にもぐりこんだ。  フォーヴァは、軽く頭を振った。 「もっとリューの奥に入りたかった。彼女の深層から来た道筋を探り、来た世界にたどり着けないかと思った。帰り道が解れば──」 「わかったの」 「いや」  フォーヴァは言った。 「だめだった」 「だめ」  レムはリューに目をやった。リューはレムを見返して、とまどったような笑みをうがべた。その髪の毛の間からクウがちょこんと顔をのぞかせている。 「なぜだ」  フォーヴァはつぶやいた。 「いくら心を伸ばしても、なにも探せなかった。私の力が及ばないのか」 「少し休んだ方がいいよ、フォーヴァさん。顔が真っ青だ」  リューがフォーヴァに歩み寄った。フォーヴァを見上げ、彼の胸に手をかけて何かを語った。  フォーヴァは目をそらして一歩退き、リューの手から身体を離した。  リューは何と言ったのだろう。  しかし、いま訊ねるのはやめにした。フォーヴァの青白い顔に、ほんのりと赤みがさしたような気がしたから。  数日が過ぎた。  リューは、レムでもはっきりとわかるほど変化していた。  当初のほっそりした少女の肢体は、豊かな丸みを帯びてきた。顔の輪郭はひきしまり、緑色の目がいっそう大きく見えた。それは美しい潤いをたたえ、草原のように輝いた。  朝が来るたび、彼女は成熟していた。少女から女性へと。
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