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 治療のお礼の野菜を籠いっぱいに抱えて帰って来たフォーヴァは、家に入るなり足を止めた。  テーブルにつっぷしたままのレムと、長椅子のリューを見比べる。  一目で異変を察したらしい。 「なにがあった?」  フォーヴァは言った。  レムは顔を上げた。フォーヴァに訴えかけたくても、声が出なかった。すばやく肩に乗ってきたクウが邪魔をしている。 「フォーヴァさん」  かわりに、クウがレムの声を使って言った。  「リューの様子がおかしいよ」  フォーヴァは籠をテーブルに置いた。玉葱が転がり落ちるのもかまわず、レムの額に手をあてた。 「おかしいのは、きみだ」  じっとレムの顔をのぞき込む。ついで、クウをつまみあげた。虚をつかれたクウは手足をばたばたさせた。 「やめて、フォーヴァさん! クウが嫌がっているよ」  それには答えず、フォーヴァはクウを片手でもったままリューのところに行った。長椅子にもたれたリューは、ほとんど眠っているように動かなかった。  フォーヴァは眉をひそめた。 「リューは死にかけているんだ、フォーヴァさん。早くもとの世界に戻してあげなきゃ」  フォーヴァはレムを見、クウを見た。そして、てのひらでゆっくりクウを握りしめた。  クウがキッと鳴き声を上げると同時に、レムも悲鳴を上げた。凄まじい頭痛に襲われたのだ。レムは頭を抱えて倚子ごと倒れ込んだ。 「レム!」  フォーヴァの緩んだ手からクウは抜け出した。痛みで涙を流しているレムの上に飛び乗った。 「これ以上何かしたら、この子を殺すわよ」 「クウなんだな」  クウは冷たい緑色の目でフォーヴァをにらんだ。 「わたしをガウシャイイに帰して、魔法使いさん。この子の命と引き替えにね」 「ようやくわかった」  フォーヴァはつぶやいた。 「リューの精神(こころ)を探れなかったわけが」 「そう、リューたちは最初から空っぽなのよ。わたしたちが生かしてやっている」 「おかしな世界だ」 「わたしにとっては、おかしいのはこっちの世界。いつまでもこんな所にいるのはごめんだわ」  フォーヴァはレムに歩み寄って背中に手をおいた。頭の痛みの余韻がすっと引いて、レムはすすりあげた。 「無駄よ、この子とわたしは切り離せない」  クウはレムの口で言った。 「この子が自由になるのは、わたしが帰った時だけ」 「レムをこれ以上苦しめないのなら」  フォーヴァは力づけるようにレムの背中をさすってくれた。 「もう一度やってみよう。〈穴〉の道筋をさぐらせてくれ」 「いい、けど。忘れないで、わたしに何かしたら一瞬でこの子も道づれだから」  クウはレムの頭の上に乗って、四本の足をがっちりとレムの髪にからみつかせた。  フォーヴァは、倚子に座ったままのレムに覆いかぶさるようにしてクウを見つめた。クウは一瞬びくりとしたが、あとは身じろぎひとつしなかった。  レムは、フォーヴァを見上げた。フォーヴァは、かすかに眉をよせ、クウすら憶えていない記憶の奥の奥に入り込んでいく。彼らが通った〈穴〉の道筋を探り当てようと。  道筋さえわかれば、クウたちを帰す術はあるということなのだろうか。しかし、レムの家族のように、ここからいなくなってしまったものは、どうすれば帰ってくることができるのだろう。  フォーヴァの眉の間に、ますます皺がよった。  レムは、はっとした。  フォーヴァの灰色の目がしだいに黒くなってくる。〈穴〉をのぞき込んだ時と同じだ。クウを通して、フォーヴァは〈穴〉にとりこまれようとしているのか。  警告しようにも声が出ず、身体も動かない。フォーヴァの瞳は漆黒となり、虹彩に広がり、さらに白い部分をも侵しはじめた。フォーヴァを虚無の闇に引きずり込もうとしているかのように。  クウを乗せたままびくとも動かない自分の身体が呪わしかった。涙だけが流れ落ちたが、それをぬぐうことすらできなかった。  その時、ノックの音もせず玄関の戸が開いた。 「フォーヴァ!」  涼やかな声が響いた。 「何やってるんだ、おまえ」  フォーヴァは驚いたようにまばたきした。目の中の闇は、それと同時に払いのけられた。 「カーラ」  カーラと呼ばれた青年は、つかつかとフォーヴァに歩み寄った。  フォーヴァと同じ年のころ。短く切った銀色の髪と、明るい空色の瞳の持ち主だ。目鼻立ちははっきりしていて、やや大きめの口元はいつも笑っているかのよう。  背はフォーヴァよりいくらか低く、痩せてはいたが筋肉質だった。黒っぽい細身のズボンに長革靴、太めの革ベルトを締めた茶色のチュニックと灰色の頭巾つき外套、街道を行く旅人そのままの格好だ。 「よう」  カーラは肩にかけていた頭陀袋をおろして、にっとフォーヴァに笑いかけた。 「しばらく」  
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