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眩しさを感じて窓の外を見てみる。田園が広大な山々を背負った風景が移動していく様子に、今日は列車に乗っていたんだと思い出した。
「やあ、お目覚めかな松木くん?」
声をかけられて横を向くと、若い女の人が微笑んでいる。Tシャツにジーパンというラフな格好と笑顔がよく似合うこの人は……そうだ、添花さんだ。
しゃべり方が少しおじさんぽいこの人について担任に聞いたところによると、今年創刊したばかりの人気旅行ガイドブック『そえサンポ』とかなんとかの専属ライターらしい。
今朝早く、高校からこの人に引き渡された俺はあれよあれよという間にこの列車に乗せらせた。
「もうすぐ目的地に着くよ」
「はあ」
「気の無い返事だなぁ。キミは今日一日、私の取材補助をしてくれるんだろ?」
「わかってますけど」
「まあ、今日は職業体験だからね。しっかり働いてもらうからね」
さっきまで仕事でもしていたのか、小さなノートパソコンを閉じながら添花さんが言うので一応頷いた。しかし正直、珍しい仕事内容にほんのちょっと興味があっただけの話だから、やる気がないのは本当なんだけど。
「どうしたの?ぼーっとしちゃって。ほら、キミも外の風景を眺めてみなさい」
「ちょっ、近いですっ!」
やる気のなさに気づいているのかないのか?添花さんは俺に重なるようにして車窓を覗き込んでくる。香水ではない石けんのような清潔な香りが一気に近づいてきてビックリする。
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