策略に乗せられました

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「もちろんそんな事、俺は考えてもいない。だけど、先日彼女が『パソコンに入力したここ最近の内容が消えてしまっている』って泣いていたから…」  プチッと私の頭の中で何かが切れた。 「……パソコンを使うにはパスワードが必要ですものね。それを知っているのはオーナーと夕夏さん、そして私だけですね」  テーブルの下で私はぎゅっと膝にかけたナフキンを握りしめた。 「いや、それは…って、何で夕夏だって知っているんだ?」  全てわかった。  8年前の嫌がらせというのも、きっと夕夏さんの狂言だ。  8年前の理由はわからないけど、今回は私の行動が気に障ったのだろう。 「私、帰ります」そう言って今日の食事代を財布から出す。 「唯、ごめん。ちょっと落ち着いてくれないか」 「一瞬でも疑われて落ち着けるわけがありません。セラピストの皆さんは夕夏さんが事務をしている事を知りません。そもそも嫌がらせをするような方はセラピストにいません。私が犯人だと思うならそう思っていただいても結構です。だけど、私は絶対にセラピストの皆さんにご迷惑をかけるような事はワザとしたりしません」と一方的にまくしたて、席を立った。 「唯!ちょっと待て!」  オーナーが呼ぶ声も無視し、早足でその場を立ち去った。  だって、早くこの場を立ち去らないと……涙が溢れて前が見えなくなってしまうから。  外に出て私は近くの公園を見つけ、木陰で声を殺して泣いた。  オーナーに疑われたのが悲しくて、オーナーが夕夏さんの嘘を信じたことが悔しくて、腹が立って……この秘密の関係が終わろうとしているのだと感じ、切な過ぎて苦しくなった。  謝りたくない。でも会えなくなるのは辛い。  もうどこか遠くへ行きたい、消えてしまいたいと地面にしみこむ涙を見つめながら数時間そこに座り込んでいた。  
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