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「その原型は奈良時代に始まったとされるお花見文化ですが、当時はお花見といえば『桜』ではなく『梅』の花を見ることを指していたそうですよ」
「ふぅん?」
突然何を言い始めたのかと困惑する私。
杉田くんはそんな私の態度を特に気に留めるでもなく(彼のことだから気付いていないだけかもしれないけれど)、得意げに話を続ける。
「現に最古の和歌集と言われる『万葉集』においては桜を詠んだ歌が約40首なのに対し、梅を詠んだ歌は約120首。梅の方が3倍近くも多いんです」
「へー。さすが、詳しいね」
「つまり元来、日本人にとって花といえば桜ではなく梅! 今でこそ国花ともなり日本の象徴ヅラをしている桜ですが、元々は梅から立場を奪っただけの盗人、いや、盗花なわけです!」
「それは言い過ぎだと思うけど……」
「そんな桜を綺麗などと言って持て囃し、ありがたがって拝む現代のお花見という文化は、全く風情を解さない愚者による蛮行であると僕は思うわけです。実に馬鹿馬鹿しい。布川さんも、そうは思いませんか」
……なるほど。ようやく杉田くんの言わんとする意図を理解した。どうやら彼は、私にお花見に行ってほしくないらしい。
理解した上で私は「いや、別に」と彼の言葉を否定する。
「今は奈良時代じゃなくて令和だし。桜も普通に綺麗だと思うし。梅にはちょっと申し訳ないけど、君が何と言おうと私はお花見に行きたいよ」
「で、ですが……」
「それとも君は、桜をありがたがるような彼女なんて別れちゃうの?」
我ながらずるい問いかけに杉田くんはもう一度ぐぬぬと唸った後、何も言わず逃げるように部屋から出て行った。
そうしてやや広さを取り戻した六畳一間、再び私の珍妙な歌声だけが縦横無尽にのさばり始めたのだった。
「あと3しゅうかーん、たっのしみだなぁー」
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