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「花より団子、という言葉を知っていますか?」  ここ数日大人しくしていた杉田くんが不意打ち気味に言う。もうお花見を止めることは諦めたのかと思っていたけれど、そうではなかったらしい。  ずっと作戦でも練ってたのかな。私はこぼれそうになる笑みを堪えながら「知ってるけど、それが?」と返す。 「花を見るより団子を食べることを好む、つまり風流よりも実利を優先する人のことを非難する意味合いのことわざで、言うまでもなくお花見がその発祥と言われています」 「だから、知ってるって」 「本当にその意味が分かっていますか?」 「え?」 「先輩が布川さんをお花見に誘ったということはっ! 本当は、桜目的ではなく布川さん目的なんです! 花より団子です!」 「私は団子? 酷いこと言うなぁ」 「言ってる場合ですか!」  顔を真っ赤にして言う杉田くんがおかしく、私は今度こそ笑ってしまう。杉田くんは必死の形相で続ける。 「いいですか! 世の中のお花見がしたいとのたまう輩はことごとく、男女の出会いが真の目的なんです! なんと汚らわしい! 不純です! 破廉恥です!!」 「そりゃそういう人もいるだろうけど、許してあげなよ。それぐらい」 「なんと!? 布川さんは男女の出会いの場と知ってなお、お花見を肯定しようというのですか!」  杉田くんは机を控えめにパンと叩く。こんなにボルテージが上がっていても叩き方が優しいあたり、人の良さが隠せていないなぁとしみじみ思う。 「じゃあこれも言わせてもらいますがね、実利を優先するというのなら、そもそもお花見になんて行くべきじゃないんです!」 「と言うと?」 「いいですか! 桜の木というのは、夏から秋頃にかけて毛虫が大量発生するもので、非常に危険なんです! それに花びらや落ち葉が多くて掃除が大変だわ、病気になりやすいわ、『根上がり』を起こして周囲の地面をめちゃくちゃにするわ……家の庭にでも植えようものならとんでもない苦労が待っているんですよ! 桜というのはこんなにも欠点だらけの植物なんです! ……であるからして、実利を求めるのにお花見に行くこと自体がダブルスタンダードであり、行動に整合性が、」 「今君が言った桜の欠点とお花見は関係なくない? 春だから毛虫はそんなに居ないし、もちろん庭に植える予定もないし」 「……」 「何か反論があれば聞くけど?」  しばしの間の後、杉田くんはいつものように無言で部屋を出て行った。だけどその背中はいつもより妙に寂しそうに見え、ちょっとやり過ぎちゃったかなと反省する。  けど、お花見まであと約一週間。もう少しの辛抱だ。それまでは私の「ツンツンモード」に付き合ってもらうからね、杉田くん。
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