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貧乏大学生が暮らす六畳一間を、珍妙な歌声がぐるぐると闊歩する。
「あと3しゅうかーん、たっのしみだなぁー」
部屋の主であり、ついでに歌声の主でもある私は小さな勉強机の隅に置いた卓上カレンダーのページをめくり、来月分、つまり4月分のページを開き、赤ペンで5の数字にそっと丸を付けた。
きっとその日に何か重要な予定があるのだろうと誰でも察するようなあからさまな行動の後、フフッと思わず笑みをこぼす。
「ずいぶんご機嫌ですね、布川さん」
突然後ろから声がして肩をビクッと揺らす。振り返れば、ただでさえ狭いこの部屋を最近さらに狭くしている原因、杉田くんがニヤニヤしながら立っていた。
半同棲中の彼氏である杉田くん。合鍵を渡してあるから居ても不思議ではないのだけれど、突然現れるのはできればやめてほしい。
特に今みたいに、見られたくないことをしていた時は。
「良いことでもあったんですか?」
そらきた。探るような杉田くんの言葉に困った私はしばらくうーんと考えた後、「サークルの先輩からお花見に誘われたの」と答えた。
何か期待したかのように薄く色付いていた彼の頬が途端に色を失くす。
「へ、へぇ。そうなんですね。先輩とお花見を。そうですか。なるほど」
「毎年の恒例行事なんだってさ」
「先輩っていうのは、だ、男性ですか?」
「誘ってくれたのは、うん。他にも人は居ると思うけど」
「聞いてないんですか?」
「聞いてから答えたら、メンバーによって行くか決めてるみたいでやらしいじゃん」
杉田くんはぐぬぬと分かりやすく唸った後、すっかり黙りこくってしまった。頭の回転が速いうえ意外とおしゃべりな彼がこんなに静かなのは珍しいなと、私はまるで他人事のように観察していた。
「……知ってますか?」と、杉田くんがおもむろに口を開いた。
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