二十九人の元妻たち

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二十九人の元妻たち

 出立の朝、公爵は私が乗る馬車の前まで見送りに来てくれた。 「これが私からの最後の贈り物だ。もしもお金が必要になったら、この金剛石(ダイヤモンド)を売りなさい」  公爵の手で着けられたペンダントには、これまで見たこともない大きさの一粒の金剛石が七色の光を放ち輝いていた。   「ありがとうございます。……公爵さま、この御恩を私はどうお返しすれば良いのでしょうか」  私が生きていることを隠すため、歴代の妻たちのことを護るため、手紙や贈り物は今後一切やり取りしないと言われている。 「お嬢さんが幸せになってくれれば、それで私は満足だ。もしも何かを返したいと思うのなら、まずは自分が幸せになって、あふれた幸せを誰かに少しずつ渡してくれたらいい」   「私と同じことをしなくていいんだよ。例えば自分で自分の機嫌を良くして、いつも笑顔でいること。それだけでも周囲の人間は幸せになれるからね」  春の木漏れ日のような優しい笑顔で、公爵は私の門出を見送ってくれた。       ◆  公爵は三十人の妻を娶った後、最期は微笑みながら眠るように息を引き取った。  密かに行われた公爵の葬儀には、国内外から二十九人の元妻が集まった。葬儀の為の黒いドレスは様々でも、全員の胸元には大きな一粒の金剛石のペンダントが輝いている。  白い花が揺れる花畑の傍らに作られた森の中の墓地。最初の妻の墓の隣に公爵は埋葬された。 「わたくし、実は初恋が公爵さまでしたの」 「……私もです。何度も告白致しましたけれど、妻は一人だとおっしゃって」 「そうそう。公爵さまの妻は最期までお一人でしたのよねぇ」  懐かしいと、元妻たちは笑い合う。 「公爵さまは、本当に素敵な方でした」  私の言葉で、その場にいた全員が笑顔で頷いた。  これが、三十人の妻を娶った『色狂いの老いぼれ公爵』の真実の物語。  自らは泥を被り、人を助けた功績は隠されたまま、歴史の中へと沈み行く。  せめてこの物語が、多くの人へと届きますように。
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