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東屋での静かなお茶会
次の日から、本当に勉強の日々が始まった。何故か隣国の言葉や習慣、行儀作法を朝から晩まで数人の教師に叩き込まれる。学舎で学んでいた行儀作法とは違うことに戸惑いながらも、私は新しい学びを楽しんでいた。
五日が経過して、ようやく短い休みが告げられた。城内ならどこにいても良いと言われた私は、書物庫から持ち出した本を抱えて美しい花が咲く庭園へと向かった。
特に美しく花々が咲く場所に建つ白い東屋の中、白い椅子に座ってお茶を飲む公爵の姿が見えた。
毎日の晩餐時には顔を合わせていても、行儀作法の教師が横に付いているので言葉を交わす余裕は無かった。白いテーブルの上には、布のカバーが掛けられたティーポットと二組の白いカップ。公爵のカップは空で、隣の席の前に置かれたカップには淡い桃色の花茶が注がれている。
「おはようございます。本日も良い風が吹いておりますね」
変わった挨拶は隣国の習慣。私の言葉を聞いた公爵は微笑んだ。
「おはよう。今日も良い風だね。……お嬢さんは、今日は休みかな?」
「はい。夕方までの休みを頂きましたので、本を読みたいと思います」
公爵の城の書物庫には、王都の学舎では痛み過ぎて閲覧不可だった貴重な本が、綺麗な状態で揃っており、いつでも持ち出して読んでいいと言われている。
「少し話そうか。一緒にお茶はいかがかな?」
微笑んだ公爵は、籠に用意されていた新しいカップを一つ取り出して、ティーポットのカバーを外す。
「もしよろしければ、私がお注ぎ致します」
「それでは、お願いしよう。精霊用のカップは……これかな」
籠から取り出された小さなカップは、風の精霊のためのもの。風の精霊を信仰する隣国では、お茶好きの精霊にお茶を捧げることが慣習となっている。……それでは、満たされたままのカップは誰の物なのか。
「このお茶を飲む者に、良い風が巡りますように」
隣国の作法通りに花茶をカップに注ぐと、果物と爽やかな花の甘い芳香がふわりと立ち昇る。最初は精霊のため。次に公爵のため、最後は私のため。風が幸運を運んでくることを願う。
私は公爵に指示をされて正面の椅子へと座った。頂いた花茶は、蜂蜜を入れずとも果物の甘さをしっかりと感じてとても美味しい。
気分が落ち着いた私は、公爵に問いかける。
「公爵さま、私は妻ではないのですか?」
「書類上は妻だよ」
ほんわりと微笑む公爵に、胸がどきりと高鳴る。
「あ、あの……その……妻としての義務は……」
それ以上は恥ずかしくて口に出すことはできなかった。
「いやいや、私はもう、歳だからね。お嬢さんがお茶を淹れてくれるだけで十分だ」
笑いながらお茶を飲む姿は、国中で噂されている『色狂いの老いぼれ公爵』とは全く違う。それでは、何故、妻たちはすぐに命を落としてしまうのだろうか。
「……これから話すことは、お嬢さんにとって非常に心痛むことだ」
公爵の微笑みに、私への気遣いが感じられる。短命の理由の話かと、私の心に緊張が走った。
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