公爵が愛する女性

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公爵が愛する女性

「お嬢さんのご両親は、お嬢さんを娼館に売ろうとしていた」 「やはり、そうでしたか」  想像とは違う言葉に驚いて、率直な感想が口から出てしまった。久しぶりに帰った領地の屋敷はがらんとしていて、使用人の数も減っていた。王都の学舎が完全に無料でなければ、おそらく私はもっと早くに売られていた。 「そうか。わかっていたのか。……落ち着いたら、お嬢さんの希望を聞こうと思っていた。お嬢さんは、これから何がしたい? もっと勉強したいというなら隣国の学舎へ送り出す。結婚したいのなら隣国で相応しい相手を探す。ただし、元の生活に戻りたいという希望は聞けないよ。また売られてしまうだけだからね」  公爵の言葉の意味を理解するまで、少しの時間を要した。 「公爵さま……それでは……今までの妻は……」 「皆、様々な理由で娼館に売られる直前の令嬢だった。お金の為だけでなく、病気になった者、父親の後妻から邪魔だと言われた者。……傷物になってしまった者、様々な理由があった」 「皆様は一体どこにいらっしゃるのですか?」 「ほとんど隣国にいるよ。何人かは平民になって我が国にいる」 「どうして、そのようなことをなさっているのですか?」 「私の愛する女性が、お嬢さんたちと同じような境遇で娼館に売られたんだ。危うい所で助けることは出来たが、その時の衝撃で心を病んでしまってね。心が回復するまで、長い長い時間が掛かった。だから、売られる前に助けたいと思っていてね」  明言はしないものの、それは最初の妻のことだろうと察することはできた。 「……娼館を無くしてしまうことはできないのでしょうか」  娼婦とは男性から酷い目にあわされる者だと物語の中では知っていても、具体的に何をされるのかは理解していない。売られる女性を無くすために、公爵なら国中の娼館を潰してしまうこともできるはず。私の言葉を聞いて、公爵は困ったような笑みを浮かべる。 「それは難しいよ。……我々男性というのはね、時々、理性で抑えがたい衝動を持つ時がある。大抵は理性が勝つが、そうでない時には女性にお世話になるしかない。いつでも受け入れて助けてくれる女性がいる娼館は、とてもありがたい場所なんだ」 「それだけでなく、娼婦というのは女性がお金が必要な時に稼げる仕事の一つでもある。一人でも出来る仕事ではあるが、それでは危険だ。客が行為の対価を払ってくれないかもしれないし、人知れず殺されてしまうかもしれない。病気になるかもしれない。娼館は稼ぎたい女性を集めて、そういった危険を管理している場所でもある」  何をするのかはわからずとも、女性と男性の体格差を考えれば、女性が圧倒的に不利であることが理解できた。娼館とは、女性を護る場所でもあるとも言えるのか。 「長く続いてきた物事には、必ず理由がある。物事の一面だけを見て判断をしてしまうと、後から問題が起きる可能性が高い。それに、もしも娼館を全部潰せたとしても、残念ながら私は一人ずつしか助けることはできない。お嬢さんたちを預かって、確実で安全な場所へと送り出すのは結構大変でね」  人間一人を死んだことにして新たな人生を用意することは、想像するだけでも大変なこと。 「公爵さま、それでは、私がここから出ましたら……」 「公爵夫人のお嬢さんは死んだことになって、私は次のお嬢さんを迎えることになる」  私がここから出れば、次の誰かが助かる。それは私の心を奮い立たせた。  必死で勉強した私は、一ヶ月半で日常会話程度の読み書きと行儀作法を習得し、さらには貴重な本を読み終えた。学舎で鉱物学を学びたいという私の希望は通り、裕福な商家の養女になって隣国の学舎へと通うことが決まった。  公爵夫人の私は病気で死亡という届けが出され、生家とは完全に縁が切られた。数少ない友人たちを悲しませるのは心苦しくても、私が自由に生きるためには諦めるしかなかった。  そうして私の出立の日がやってきた。
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