846人が本棚に入れています
本棚に追加
黒須side-1
「……チューしてよ……お願い」
そう言って迫ってくる谷川志織のはじめて見せる女の顔。酔って真っ赤な顔をして吐き出される熱い息には酒の匂いもする。まともじゃない、見た目もだけど言うことがもう正常じゃない。
谷川がただの仲良し同期にこんなセリフ言うわけないんだよ。
「私がしたくてするんだからそれでいいじゃん、黒須はしたくないんだから!私なんかとはしたくないのに無理やり迫られてるんだから!」
――ちょっと待てよ、勝手なこと抜かすな
どんだけ泣けなけなしの理性を保ってると思ってんだよ、勘弁してくれ。
どんだけお前を抱くこと想像して暮らしてきたと思ってんだよ、お前に笑いかけられるたび夜それを思い出して何回自慰してると思ってんだ、舐めんなよ。
「じゃあしてよ!なんでしてくれないのぉ!してよ、したい!黒須としたいの!」
――そのセリフもうアウト!!
もう今完全に崩れた、自分の中でボロボロになりかけていた理性が崩れ落ちた。
それでも拗らせた俺はそんな谷川の言葉に素直に手が出せない、自分の積年の想いが邪魔をする。
その場限りの、忘れてしまうようなことで終わらせたくない。
夢みたいにしたくないんだよ、俺が。
お前が忘れたら……これはホントに俺の夢になるじゃんか――。
「……じゃあ、忘れられないくらいちゃんと抱いてよ……私の身体が覚えてられるように、ちゃんと……」
この時願いをかけた。
谷川の記憶に残らなくても身体に残したい。
この身体は忘れないように、その想いを込めて谷川を抱きしめた。
今だけは俺を見てほしい、今だけは俺を見つめ返してほしい。
今日だけは――見つめ合って俺だけのモノになってほしい――。
谷川志織は、出会った時から可愛くて、入社式の隣に座ったときの凛とした横顔がとても印象的だった。自分の意思を持った人に流されないような子、そんなイメージだったけど、話すと本当にそのままで。ありがとうやごめんねが気持ちいいくらい素直に言える、そんな誠実な谷川を話すたび好きになっていた。
「黒須、今彼女いる?いなかったよね?」
「――うん」
入社して三カ月くらい、谷川に声をかけられた。
「あのね……今度ごはん、一緒に行かない?」
――嘘、マジで
言いにくそうに言葉を選びながら俺の返事を待っていた。これは、経験上からして間違いなく……告白!!
「いいけど……「ほんと!?良かった!同期の咲ちゃん、黒須と一回ご飯したいって、でも勇気が出なくて誘えないって……いきなり二人は緊張するからって私もその日は一緒させて?うまくいきそうなら次からは黒須が誘ってあげてよ!」
――え
同期の咲ちゃん……って誰。
最初のコメントを投稿しよう!