一歩前進

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翌日は朝からずっとソワソワして落ち着かず、部屋中にお気に入りの服を並べ、一番可愛い組み合わせを選んでバッグやアクセサリーにもこだわって全身コーディネートした。 (ああ!憧れのsamさんと会えるなんて夢みたい。できるだけ可愛いって思って欲しい)  ウキウキしながら早めのお昼ご飯を食べて私は約束より随分早く家出た。 (そういえば良平から電話入ってたけど…samに会うってバレたら怒られそうだから後でかけなおそう)  そう思って携帯をマナーモードに切り替えた。  待ち合わせの渋谷のハチ公前に着くと、同じように待ち合わせをしている人で溢れかえっていた。 (こんなに沢山の人の中から見つけられるのかなあ)  私はドキドキしながら時計を見る。約束までまだ30分以上あったのでどこか落ち着けるところはないか探していると、後ろから肩を叩かれた。  振り返るとそこには身長が高くガタイと顔がいい男の人が立っていた。  彼は黒いハイネックにグレーのコートをおしゃれに着こなしており、周りの女性からもヒソヒソと称賛する声が聞こえてきていた。 「nanaさんですよね?samです。初めまして」 「あ…初めまして…えっと、本名も名乗った方がいいですよね?私は泉川結菜です。年は23歳の会社員です」  パニックになりかけた私はあわあわとしながら自己紹介をした。するとsamは優しく微笑んでくれる。 「結菜さん…あなたに似合った素敵な名前ですね。俺は沢村累(さわむら るい)25歳の会社員です。副業というか、趣味というか。配信者をしています。気軽に累って呼んでもらえたら嬉しいな。君のことも結菜って呼ぶから」  記憶通り、彼は鼻筋の通って彫りの深い二重の瞳にふっくらとした唇のかなりのイケメンだった髪色は綺麗な銀髪なのが地毛なのか染色したものなのかは少し気になったが聞けなかった。 (イケメンな上にマッチョなんて…!!)  でも大事なのは内面だ。だが内面については今までの配信で散々いい人であることがわかっていたのでそこはクリア。 「えっと、とりあえず落ち着けるカフェとかに入ろうか。ついてきて」  累はそういうと私の手を取ってスタスタと歩き始める。 (手!繋いでる!)  男性経験がほぼない私にとってそれは驚きのことだった。 「結菜ちゃんは甘いもの好き?この先にすごくふわふわしたパンケーキが食べられるカフェがあるからそこに行こうと思うんだけどいいかな?」 「はい!私も甘いもの大好きです!行きたいです」  彼はニコッと笑うと私の手を痛くないように優しく包んで、歩調も私に合わせてゆっくりと歩いてくれることがとても嬉しい。 (どうしよう。今までガチ恋してたからこのシチュエーションは…心臓が持たない)  パンクしそうな頭をなんとか抑え込んで私は彼の横をちょこちょこと歩いた。 「ふふ。結菜ちゃんは可愛いね。小動物みたい」  累はそういうと私の頭を撫でる。 「えっ!そんなこと…」 「ごめんね、困らせたかったわけじゃないんだよ。ただ。可愛いなって思って」 (わああ。どうしよう。こんなこと想定してなかったよ。累さんすごく優しくてかっこよくて…じみで目立たない私には相応しくない…)  そう思うと先ほどまでのウキウキした気持ちが一気に萎んでしまった。 「結菜ちゃん?なんだか元気ないけどどうしたの?」    累は急に押しだまった私を心配して顔を覗き込んだ。眼前に綺麗な顔が現れて私は半ばパニックになって手で自分の顔を覆い隠した。 「だめです。私みたいな地味で可愛くない女の子が累さんみたいに素敵な人と一緒にいたら…だめなんです」  私がそういうと累は私の顔を両手で包み込んでじっと見つめた。 (ああ…そんなに見つめられたらますます嫌われちゃう)  少し滲んだ涙を累はそっと指で拭ってくれながら言った。 「結菜は可愛いよ。誰よりも。ただ。その美しさを隠しているだけなんだよ。そうだ。ちょっと寄り道しようか」  そう言うと累はとあるヘアサロン前にやってきた。 「ここ俺の友達がやってる店なんだ。緊張しなくていいからね」  お店の扉を開けるとカランコロンとベルがなる。 「いらっしゃいませ…って累?今日予約してたっけ?」 「いや、飛び入りで悪いけどこの子に軽くメイクしてあげてもらえないかな?」  それを聞くと美容師さんは時計をチラリと見ると微笑んだ。 「君、素材がいいから短時間で大丈夫そうだし、予約までならいいよ、ここに座って」  促されて私は椅子に座ってメガネをとる。  すると周りがぼやけて輪郭しか見えなくなってしまった。 「初めまして、俺は由衣 雅之助(ゆい まさのすけ)だよ。累と仲良くなってくれてありがとう。こいつ人間不信だから友達少なくて、彼女すら作らないから心配してたから君みたいな子がいてくれて嬉しいよ」 「初めまして、泉川結菜です」 「マサ余計なこと言ってないでさっさとして」 「はいはい。ちょっと前髪カットするね〜、はあお肌すべすべじゃん。それにすっぴん?これは化けるねえ」  由衣はそう言いながら手早く前髪をカットした後、顔にファンデーションを塗り、まつ毛をビューラーであげて眉毛を整え、アイラインを控えめに入れるとマスカラを塗って頬紅をふわりと乗せてくれた。 「ん〜。あんまりいじると素材の良さが失われるからあとはリップを塗って〜!完成!やっぱり素材がいいから化粧ばえするね!メガネに合うようにメイクしたから完璧!」  そう言ってメガネをかけてくれると鏡の中には見たことのない美少女が座っていた。 「え…これが私?」  私は驚いた。生まれてから今まで一度もどうせ似合わないからとメイクをしたことがなかったけど、ちょっとメイクするだけでこんなにも印象が変わることに驚いた。しかもメガネに合わせてくれているらしく、いつもなら地味でダサいメガネもオシャレに見える。 「すごい…由衣さんありがとうございます。私メイク初めてだから…すごく嬉しいです」 「よかったあ!喜んでもらえてやった甲斐があったよ♪髪色も黒より少し明るくしてみたらどうかな?そうだ、今度正式に予約をとってもらったら髪もいじって綺麗にしてあげるよ」  由衣は親切心でそう言ってくれているのだから、私もお言葉に甘えることにした。 「じゃあ予約が空いている日にお願いします。私でも変われますか?」 「もちろんだよ。実際今でも可愛くなってるんだし、実証済みでしょ?」  私は間接的に可愛いと褒められて頬を染めた。  その姿が可愛いと騒ぐ由衣に累が頭頂に手刀を落とした。 「あまり俺の好きな人と仲良くしないでくれる?」 「累がここまで執着したの初めてだよね。珍しいなあ。もしかして結菜ちゃんが電車の君なの?」 「そうだよ」 「電車の君?ってなんですか?」    私が由衣さんに質問したら彼は嬉しそうに答えてくれた。過去に電車で体調が悪くなった時に私だけが累さんを助けたこと。しかもリスナーで毎回嬉しいDMをくれるnanaだったことがわかって恋心を募らせていたことを説明してくれた。 「え?え?じゃあ累さんはずっと私のことご存知で配信されたいたんですか?」 「うん…一方的に知ってるのってフェアじゃないから何度も打ち明けようとしたけど勇気が出なくて、昨日の配信でようやく決心したんだ。長い間騙してたみたいな形になってごめんね」  累は頭を下げる。だけど私はこの急展開に心がついてこずオロオロをしてしまった。 「累さんのこと、知れて嬉しかったです。嘘なんてそんな…私全然気にしてないです」  そう言うと累はフッっと微笑む。 「君はやっぱり優しいね。こんな場所で言うのもなんだけど、俺と正式に付き合ってくれないかな?」 (私がsam…累さんと付き合う!?)  私はびっくりぎょうてんして固まってしまった。 「るーい!いきなりすぎて彼女固まってるよ?でも俺からもお願いしたいかな。累、人間不信だからこの先きっと孤独死するに決まってるからそばに誰かいてあげてほしいんだ。できれば婚姻届にハンコおす勢いでお願いしたいなあ」 「え!え!婚姻届!」 「そこまでは今はまだ…でも付き合うなら真剣に交際したいと考えてる」  累は私の手をとってそっと口付けした。 「どうかな?だめ?」  累に見下ろされてドキドキしながら私は自分の気持ちを整理する。私は長いリスナー期間中に彼の人柄を好きになった。見た目も私には勿体無いくらいかっこいい。断る選択肢はなかった。 「はい、私からもお願いします…恋人に…なってください!」
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