私はリスナー

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私はリスナー

(よし!今日も8時には仕事が終われた!)  私はパソコンの電源を切ってカバンに荷物を詰め込むとエントランスに向かった。  エレベーターの鏡に映る自分の姿。長めの前髪と後ろで一つに括っただけの洒落っ気のない髪型。目が悪いのでメガネをかけ、服装も全体的に地味なワンピース。 (相変わらず可愛くない…)  鏡を見るたびそれを自覚してがっかりしてしまうから鏡は嫌いだ。  私は泉川 結菜(いずみかわ ゆいな)23歳。今の会社に勤め始めて1年経つが、元々なんでもそつなくこなせる上に、断れない性格のせいで同期と比べて仕事量が多く、いつも残業をして仕事を消化する毎日なのだ。 「出来ませんって言えたらいいのになあ」  色んなことを押し付けられるのに飽き飽きしていたのでぼそっと呟いたがそれは結菜だけが乗っているエレベーターに虚しく響いて消えた。 (急いで帰らないと…帰ってお風呂に入って…それからビールを用意して)  帰ってからのルーティーンを頭の中で思い浮かべる。夕食はいつも休日に一気に作り置きしてからそれをレンチンして食べているので作る必要がない。 (早くしないと配信にリアタイ出来ない)  私は今samさんという配信者にガチ恋をしているのだ。  彼は顔出ししないマッチョ系配信者で、かなりの人気のある人物だった。話も面白いけど、何よりその筋肉の美しさから男性からの人気も高い。  いつも筋トレや雑談を交えて10時から10時30分の30分間毎日配信してくれているので、私はビール1本飲みながらその配信を楽しみにしているのだ。 (彼の配信があるから私は生きていけている)  それくらいsamの配信は私の中で大きな存在になっていたのだ。  毎回配信が終わった後に私は彼にDMにメッセージをしたためて送信する。  いつも返信は期待していなかったのに、samは私のDMに返信をくれるのだ。いつも一言だけ。見てくれてありがとう。それだけ。  でもそれだけで十分だった。私が彼を見て応援していることがちゃんと伝わっていることが嬉しかったのだ。  電車に乗って窓の外を眺めていると浮かんでくるのは彼の鍛えられた体。そういうと体目的みたいだが、私は彼の内面にも惹かれている。
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