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非天ノ女
男性客が被っているバレンシアガのキャップ──色は白──額部分にプリントされた『BALENCIAGA』のロゴが酷く目を引く。足元には、同じく白色のバレンシアガ・トリプル・S。遠目で視ても『OFFーWhite』と判別出来る、オフ・ホワイトの特徴的なアイコンが派手にプリントされたパンツとフーディ。クロム・ハーツのアクセサリーをあちこちに散らし、赤いリシャール・ミルを全身白色コーデの中に差していた。
──このコーデはナイな。
「情けないオトコたちだね。オンナにオンナの始末を任せるなんて。ウソ偽りなく話せばこうナラナイ。朝鮮総聨はアンタを〝粛清〟対象の裏切り幹部だって言った。アンタは何者?」驪々は、スチェッキンAPBの銃口を男性客の胸へ向け続けながらコトバを発した。
男性客は渇ききった咥内を開き、情報を伝え始めた。「……オレは日本国籍を持った日本人です。アメリカ側のニンゲンで、アメリカが日本で活動しやすいように色々と──。ウソじゃナイ」
「非合法なコトも色々って意味?」
「はい……」
「何で米帝がココにいる?ワタシを騙した理由は?」
「アンタ、……すみません。大山さん、2019年に梨泰院に遊びにきた日本人のオンナの子たちをダマして、DPRKの核開発をアメリカへ流しているオトコを暗殺したんですよね。オンナの子たちにユーチューブのどっきり企画だとか言って。仁川の空港で、いきなりオトコの顔にハンド・クリームを塗って驚かすっていうトリッキーな手口で……。オンナの子たちもまさかアレが、アセチルコリンエステラーゼ阻害作用がある神経剤入りのハンド・クリームだとは思わナイし──」
驪々は肯定も否定もせずに「それで?」とコトバを繋げた。
「それがアメリカの気に障ったみたいで──」
「コレがその報復?」
「……そうです」
「ソレに何で朝鮮総聨が関与している?」
「それは……。今回、朝鮮総聨と思っているニンゲンたちは全員アメリカです。大山さんたちは、朝鮮総聨の本部や支部へ絶対顔を出さナイ。日本・韓国・アメリカに監視・盗聴されているから。連絡を取るのは関連会社とダケ。だから、アメリカは朝鮮総聨系に見せ掛けたダミー・カンパニーを作ったんです。アメリカの自由と平和と国益を守る為っていう、いつもの謳い文句で……」
「まだ言うコトがあるんじゃナイの?」
「──裏切りモノのDPRK工作員が、同胞の手で〝粛清〟された…っていう絵を描きました。大山さんたちが使うこのシートを敷いて──。最近着任した尉官が、やたらとディテールにこだわるヤツで。知ってるでしょ?東扇島の焼成施設へ運んで灰すら無くなるコト。だから床に敷くシートなんか何だっていいのに」
「うえの所属と姓名は?」
「OPNAVから来たゲイリー・マクダウェル・ENS。南青山の墓地下の米軍施設。その中のスターズ・アンド・ストライプスの地下にデカい通信傍受施設があるんです。アメリカ海軍の──」
その存在は驪々も知っていた。アメリカ海軍は様々な手段で、複合的・重層的に情報を漁る。
「この後の連絡方法とリミットは?外でワタシを殺すか拐う連中はどこに何人いる?」
「オレが電話するだけです。16時までに。外に要員はいません。昼間の表参道で若くてお洒落な美人が殺されたりしたら、目立ち過ぎるし大騒ぎになるから。ウソじゃナイです!オレが電話したら産業廃棄物収集運搬業者が来て──そのぅ──このシートの上で大山さんを解体して、動植物性残渣として運び出すっていう……。すみません──」
「余計な世辞はイラナイ。クルマのカギは?」
「そこの机にあるバッグに入ってます」
「今日はナニに乗ってきた?どこに駐まってる?」
「AMG・G63です。マット・グリーンの。向かいの駐車場にあります。オレの後ろのカーテン捲れば見えます」
「後付けのセキュリティとかGPS追跡装置はある?」
「ナイです。盗難保険入ってるんで──」
「そう」驪々は、右手に携えたスチェッキンAPBの銃口を男性客の胸から逸らした。安堵の色を示した男性客がフーッと息を漏らした。次の瞬間、驪々の左手がスッと伸びてH&K・USPを再び男性客の胸へ向けた。
「な、なんで!ウソは言ってナイ!信じて下さいよ!大山さん!」
「最初に、ウソ偽りなく話せばこうナラナイって言ったよね。アンタの今日のコーデ──」
「……こ、コーデ?」
「心配シナイで。本当に自由にシテアゲルから。とりあえずリック・オウエンス行って、ショップ店員に服選んでもらいな。南青山6丁目だからさ」
「はあ?」
「現在着てる服は棄ててさ。アチラへ行っても、アンタがダサいコーデをシナイように。つまり、こうナラナイようにっていう非天からの助言」
「…………?」
「意味ワカンナイか」
驪々はコトバを止めると、H&K・USPの銃口をバレンシアガのキャップへ向け、『BALENCIAGA』ロゴの『N』と『C』の間へ弾を一発撃ち込んだ。
強大なストッピング・パワーを誇る45ACP弾で、脳をエグ過ぎるほど破壊された男性客は上体を仰け反らせた後、ネズミ色のオフィス用チェアからズルッと滑り落ちた。
驪々は、目標だった男性客のバッグが置かれている、折り畳み式の長机へ歩を進めた。両手に携えたサイレンサー装備の自動拳銃を長机へ載せる。
室内壁面に掛けられたアナログ表示の電波時計が時刻15時46分を示していた。
時間はまだある。
ルイ・ヴィトン・アウトドア・メッセンジャー・バッグ。色は白モノグラム。ファスナーを開け中身を確認する。同じく白モノグラムのルイ・ヴィトンのキー・ケースを取り出し、AMG・G63のスマート・キーを外してプラダのジャケットに収める。更に、白モノグラムのルイ・ヴィトン・ジッピー・ウォレット・ヴェルティカルを取り出し、サイフの札を奪う。30万円以上あった。銀行名が入った紙封筒が二つ。それぞれ帯付きの100万円が入っていた。計230万円を超える現金を、左肩に斜め掛けしたロエベのバッグへ移す。
当分の間、ガラをかわすしかナイな。カネはあって邪魔になるモノではナイし死者には無用──。
長机にあるサイレンサー装備の自動拳銃を、再び両手に携える。
ポニー・テイルのところへ歩を進めようと、視線を玄関方向へ向けた。黒色パーティションの裏面がサングラス越しの視界に入る。防弾性能レベル2かレベル3辺りだろう──九着のケヴラー・ボディ・アーマーが、頑強なテープと金属製ワッシャ付ビスによって貼り付けられていた。
室内侵入時に覚えた違和感の原因はコレだったのだ。
──ポニー・テイルが玄関横のトイレから姿を現し、黒色パーティション付近にいる驪々を背後から撃つ。ポニー・テイルが発射した弾が驪々のカラダに命中しなかった場合、ケヴラー・ボディ・アーマーが貼り付けられた黒色パーティションが遮蔽物となり、彫師と男性客を流れ弾から守る役割を果たす。黒色パーティションを床にガッチリ固定した理由も納得がいく。それも目立たないように、黒色金属製L字型ステーと、黒色亜鉛メッキの金属製ビスでカモフラージュを施して……。
驪々はポニー・テイルの側に歩みより、腰を少し落とした。右手にスチェッキンAPBを保持したまま、左手に携えていたH&K・USPをポニー・テイルの右手に握らせた。そして、床に落ちているスチェッキンAPBから排莢された三つの空薬莢を左手で拾い、プラダのジャケットに収める。
この事案を担当するニンゲンが初見で判断出来るコトは、ポニー・テイルが握っているH&K・USPで彫師と男性客が殺害され、9×18マカロフ弾を使用する銃を持った第三者によってポニー・テイルが殺害された事実のみ。驪々が全員を殺害したと断定するには、かなりの労力を要する。
驪々はスチェッキンAPBのセーフティ兼セレクター・レヴァーを発射不能に設定してサイレンサーを取り外し、サイレンサーと銃本体をロエベのバッグへ収めた。
開け放たれたままの、玄関横の室内トイレの木製ドアを閉じる。
玄関ドアのロックを解錠し、左手でレヴァーを下げる。ヒトの気配は感じない。ゆっくりドアを開けた。何の異変も無かった。
二階・外廊下を進み、外階段を下りる。訓練された綺麗な姿勢で歩を進める驪々の姿は、オフ・ランウェイで表参道を闊歩する女性ファッション・モデルと差異が無かった。ヒトを三名射殺したばかりのDPRK工作員だと思う人間は皆無に等しい。
男性客の情報通り、外階段を下りて対側地の時間貸駐車場には、マット・グリーンのAMG・G63が駐まっていた。
男性客は外部で待機している要員の存在を否定したが、監視と連絡を命じられた二人一組が近くに潜む可能性を排除出来ない。ソイツらが尾行者となった場合、表参道から豊栄稲荷神社まで徒歩で振り切るのでは、ムダに時間と体力を消耗する。
現在、予測不能な行動はコレしかナイ。
驪々は時間貸駐車場へ歩を進め、マット・グリーンのAMG・G63へ近づくと、プラダのジャケットからスマート・キーを取り出し車体へかざした。ドアを左手で開け、運転席へカラダを持ち上げるように乗り込む。プラダのジャケットから、左手でソニー・エクスペリア・ワン・マーク・ファイブを取り出すと電源をオフにし、再びプラダのジャケットに収めた。セーフティ・ベルトを締結する。エンジン・スタート・プッシュ・ボタンを軽く押し、エンジンを始動させた。フューエル・ゲージは〝F〟を示している。フット・ブレーキを踏むとパーキング・ブレーキをリリースし、オートマティック・トランス・ミッションのセレクター・レヴァーを〝D〟へ動かした。
AMG・G63であれば、駐車場に設置された金属製の電気式ロック板程度の段差は、車両を破損させるコトなく軽々と乗り越える。死者のクルマの駐車料金を、わざわざ支払うお人好しはいない。
驪々は左足のフット・ブレーキの踏力を弱め、右足のスロットル・ペダルを踏み込んだ。AMG・G63の野性的なエグゾースト・ノートが咆哮し、強制的に金属製の電気式ロック板を乗り越えクルマが走り出す。
──どうせコレは、ワタシのマークXを駐めた時間貸駐車場の近くで棄てるコトになる。マークXへ乗り換えたら、そのまま首都高で横浜。根岸の同胞のクルマ屋でマークXを預かってもらう。米帝がNシステムをたどっても横浜でおしまい。根岸から京浜東北線で横浜行って、ブルー・ラインで新横浜。あとは新幹線で静岡。
男性客が話した、ゲイリー・マクダウェル・ENSは我々にとって有害。排除の方法を考えなきゃ……。スターズ・アンド・ストライプスの地下にいる男性軍人は、赤坂・六本木・恵比寿の〝夜の街〟が大好きだからね。挨拶代わりに、若くて綺麗な日本人女性のハニー・トラップでも仕掛けてみるか。
久しぶりの静岡──鰻ホント美味しいんだよね。なんか、お腹空いてきた!今夜は『石橋』の鰻にしよう。
四か月後──。
東京・霞ヶ関にある公安調査庁。威厳と欺瞞が鬱蒼と生い茂る施設建物内に対外情報活動を行う『調査第2部』がある。対外諜報活動と謳わないあたりが〝日本〟らしい。
「部長、ちょっとコレ視て下さい。昼休みにユーチューブ視ていたら……表参道で撮られたファッション関連の動画なんですけど」
「ん?──コイツ〝対韓・対米〟のDPRK工作員じゃないか。オオヤマ・リリって通名の」
「──ですよね。ユーチューブにアップされたのが四か月前。例の〝タトゥー・スタジオの事案〟と時期は合ってます。オオヤマ・リリは2018年頃から、組織的方法論では対処不能な事案を独自に処理しているようですが……」
「まあ、アメリカからは何にも言われてないしな。今回も公安に知られたくない事案なんだろ──」
「まったく……。毎度のコトですけど、アメリカは日本国内で何をヤッても、何の連絡も情報もよこさない。表参道の作戦失敗を公安が知らないとでも思ってるんでしょうかね」
「仕方ナイだろ。日本は〝敗戦国〟で、アメリカは〝戦勝国〟なんだから」
「はあ。仕方ナイ……ですか」
「まあな。それより、オオヤマ・リリが何で〝非天〟なんてキザな秘匿名を使うか知ってるか?」
「資料には無かったと思いますケド……」
「非天は阿修羅を指すコトバなんだよ」
「へえー。知らなかったです。阿修羅か……。確かにオオヤマ・リリがヤるコトは阿修羅の所業ですね」
「はは、そうだな。〝北〟の工作員は、我々の想像を遥かに超えるタフな連中だからな。メンタルもフィジカルも。でも、オオヤマ・リリの阿修羅はソレだけじゃない。〝阿修羅像〟の立ち姿は知ってるだろ?」
「はい。画なんかで」
「阿修羅はお洒落なんだよ。現在も大昔も、ルッキズムが台頭する世の中ってコトなのかもな」
「──阿修羅はファッショニスタってコトか。オオヤマ・リリらしいですね」
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