変幻スル黒ヲ駆ル女

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変幻スル黒ヲ駆ル女

 2023年11月下旬──。  夏から秋を飛び越して、イキナリ冬が訪れる国となったニッポン。(アツ)過ぎた夏には出来なかった重ね着(レイヤード)でコーデを楽しむファッショニスタが表参道を埋めつくし、ストリート・スナップを撮影するカメラマン兼ユーチューバーが、ChillとLuxuryと()()じった東京の現在(ファッション)を世界へ発信する。  そんな冬の表情(かお)()せ始めた表参道へ向けて、大山(オオヤマ)驪々(リリ)のクルマはスーパー・チャージャー特有のNoise(オト)を伴いながら、それほど混んでいない首都高を疾走(はし)っていた。  車内後部座席にはウイニングの8オンス・ボクシング・グローブ、ハンド・ラップ、マウス・ピース、シューズ、ショーツ、ソックス、アンダー・ウェア、Tシャツ、タオルが収められたダーク・ブラウンのヴェヌム・スポーツ・バッグが鎮座していた。  首都高、事故渋滞(混んで)なくて良かった──。(ラク)だから、終わったらジムいけるし。  驪々は助手席に置かれた、ブラックのロエベ・パズル・エッジ・ラージ・サイズ・バッグへ一瞬視線を移すと、先程の車両減速Gによって微動していないコトを確認した。  ツイスティで幅が狭く、雑多な車両が蠢動(しゅんどう)する首都高を、セダン・タイプにしては珍しいルーフの低さと、前後オーヴァー・ハングを極力切り詰めた造形のクルマが、食肉目ネコ科ヒョウ属動物のような移動する(はしる)。それは、驪々の()()まされたドライヴィング・テクニックと〝都内在住者にとっては走り慣れた道〟という感覚の賜物(タマモノ)だけではなく、クルマ自体も特別なモノだからだ。  驪々が()る、2007年式・トヨタ・マークX・300Gプレミアム・スーパー・チャージャー。  トムスとモデリスタが製作したコンプリート・カーをベースに更なる改造を施し、GT(走り)とスタンス・ネイションの要素が高次元で溶け合ったこの個体(クルマ)は驪々のお気に入り。  ボディ・ワークはスポット溶接箇所を増設。ボディ・カラーは光の加減に()って黒、濃紺、紫とオーロラのように変化するメルセデス純正色のノーザン・ライツ・ブラックをセレクト。サイマの上下圧送式塗装ブースを備えた板金塗装ショップで、ドアの内側やエンジン・ルーム、トランク・ルームに至るまで丁寧に仕上げられている。左右フロント・フェンダーのスーパー・チャージャー搭載を示す純正バッジは外されていた。  フロント・ガラスは旭硝子のクール・ヴェールを使用し、ボディ・カラーとのマッチングは完璧に近い。  派手(ヤリ)過ぎないモデリスタのエアロ・パーツはそのままに、シルエットを崩さないよう板金成型(たたきだし)で20ミリのオーヴァー・フェンダー化。その中にはタイア・サイズ245/35R・19のブリジストン・ポテンザ・RE71RSを履いた、SSR・フォーミュラ・MKーⅢ・NEOのホイールが綺麗に収まり、エンドレスのブレーキ・キャリパー&ローターがスポークの隙間から顔を覗かせている。  サスペンション・システムは、特注のラック・エル・スポルト・V2車高調。アームも特注の調整式。ピロ・ボールと強化ウレタン・ブッシュが適宜に使用され、調整式リンクの強化スタビライザーを備える。  デフは純正オープン・デフから、スバル・BRZのトルセンLSDへコンヴァート。機械式LSDを装着した車両のような(エグ)いドリフト・アングルの維持は無理だが、ストリートでの扱い(やす)さと、高速コーナリング時の安定感は満足出来るモノだ。  ABS、トラクション・コントロール等の電子制御介入を防ぐ為、左後ろの車輪速センサーは引き抜いてある。  内装は、運転席と助手席のレカロ・セミ・バケット・シート、センター・コンソール、後部座席、ドア、天井を重厚感が漂うダイアモンド・キルトが施されたオレンジ気味のタン・カラー・レザーで張り替え。ダッシュ・ボード、各ピラーは同色のスムース・レザーを使用。フロア・マット一式も同色の特注品。純正木目調パネルやレザー張り不可能な部分は、ボディ・カラーのノーザン・ライツ・ブラックを基調としたマーブル模様に塗装され、外装と内装をコネクトする〝差し色〟の役割を演じている。  ステアリングはナルディ・クラシックのブラック・レザー×ブラック・スポークを、クイック・リリース機構が組み込まれたボスにセット。スムース・レザーを手縫いで仕上げたナルディ・クラシックは、使い込むほどに驪々の手にしっとりと馴染み、数値では表せない〝人車一体〟の感覚を増幅させる要因のひとつとなっている。  車内GPSナビのタッチ・アップ・ディジタル・ディスプレイが、時刻13:49を示している。  驪々はモカ・グレイジュ・カラーの髪に、磁器のような白い指先を滑らせると、アシンメトリー・デザイン・ミディアム・レイヤー・スタイルの左サイドをソッと耳掛けした。  高樹町出口の案内板に沿ってスロットル・ペダルの開度を調整し、フット・ブレーキを使用する。首都高から412(したみち)へおりると、南青山七丁目交差点を通過し渋谷二丁目交差点を左折した。そのまま、八幡通りを並木橋方向へ進むとウインズ渋谷の手前を右折し、豊栄稲荷神社の時間貸駐車場(打ち止め)へクルマを静かに滑り込ませた。  この(あた)りは、〝八幡通り〟の名が示すとおり複数の神社仏閣が存在し、薄暗(野暮った)い服装にバック・パックを背負いキャップを被った中高年の男性たちが、〝お洒落な若者が集う街、渋谷〟というステレオ・タイプなイメージを嘲笑(あざわら)うように闊歩(かっぽ)する。それは、神や仏のチカラに少しでもというギャンブラーが、ウインズ渋谷(場外馬券売場)に集結しているダケの事象だった。
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