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服好キ女ノ午後
豊栄稲荷神社の時間貸駐車場にクルマを駐めた驪々は、車内センター・コンソール・ボックスから『OAKLEY』の刻印があるプラスティック・ケースを優しく取り出すとケースを開き、シューティング・グラスとしても使用可能な、マット・ブラック・フレーム×ブラック・イリジウム・レンズのGASCAN・アジアン・フィットを装着した。
左手に巻かれた、モノ・フェイスのジャガー・ルクルト・レヴェルソ・クラシック・ミディアム・スリムへ視線を落とし文字盤を確認すると、助手席に置かれているロエベのバッグを手に取り、スムースな所作で車外へおりた。
人通りの少ない渋谷の狭い裏路地を、訓練された綺麗な姿勢で歩を進める。5分もかからずに412へ戻ると渋谷二丁目交差点を横断し、広大な敷地を持つ青山学院を右に視ながら246へ差しかかる。このまま246を東京メトロ・表参道駅方向へ進み413へ入れば、ヒトとクルマでごった返す〝表参道〟へ到着するが、驪々は少し思い直して駅の約150メートル手前を左へ折れた。
数分もしない内に青山セント・グレース大聖堂が、サングラス越しの視界に入る。挙式中だった。おそらく、キリスト教の信仰心は1ミリもナイであろう新郎新婦と、それを心から祝福しているかどうかアヤシイ参列者たち……。それでも新郎新婦にとっては、愛と祝福と希望に満ちた素晴らしい一日に違いないと驪々は思った。
そんな大聖堂を後目に右へ折れるとロハス通りを進み、アップル・ストアがある413神宮前五丁目交差点へ出た。横断歩道の信号待ちをしていると、30代後半とおぼしき男性が声をかけてきた。
「すみません。ユーチューブで、東京の若者がどんな服に幾ら遣っているのかっていうのを撮ってるんですけど。そんなにお時間をとらせないので撮影させてもらってもいいですか?」
「ああ、そうなんですね──いいですよ」驪々は困惑の表情を出さずに応えた。
一通りの説明を受け驪々が口頭で承諾をすると、すぐに撮影が始まった。
「お名前を教えてください」
「リマです」
「何をされている方ですか?」
「自営業です。デザイン・マネジメントの」完全なウソではナイ。形式的だが実際に朝鮮総聯関連の会社と契約を交わし、請求金額が銀行口座に振り込まれ税金も払っている。
インタヴュワーの男性は驪々の足元から頭部まで視線を動かすと、少し驚いた様子で言った。「えー、モデルさんとかソッチ系だと思ったんですけど。身長170センチ以上ありますよね?」
驪々は「はい」とダケ答えた。
「──今日、身につけているモノ上から下まで、ブランドと買ったときの値段を教えてください」
「上がプラダのボンバー・ジャケットで40万。中のニットはEENKのパネルド・タートル・ネックで3万くらい。下がニードルスのストレート・パンツで2万チョットだったかな。シューズはナイキとマーティン・ローズ・コラボのショックスで、コレは海外にいるお友達からのプレゼントです。マーティン・ローズ、日本でなかなか手に入らなくて……。バッグはロエベのパズル・エッジで50万。時計がジャガー・ルクルトで200万。あと、サングラスはオークリーで2万しなかったと思います。今日はブラック・コーデなんですけど、差し色が欲しくて中にこのニットを入れてみました」
「横断歩道のとこでお見かけしたとき、素直にカッコいいなーって思ったんですよ。ストリート寄りなんだけど、モードの雰囲気もあって。〝外し〟も面白いし」
「──まあ、現在はこんなカンジが多いですよね」
「お洋服に、月幾らくらい遣いますか?」
「買わない月もあるんですけど、遣うときは4、50万くらいかな……」
「オススメのセレクト・ショップとかあったりしますか?」
「この辺だと、アデライデですね。アディションの方も好きです。あと、横浜中華街行ったときはリックスに立ち寄ることが多いです」
インタヴュワーの男性は納得を示すように軽く頷きながら、最後の質問をした。「ちなみに、最近買った一番高いモノって何ですか?お洋服以外でもいいです」
「先週、クルマのタイアを交換しました。工賃なんかも含めて34万でした」
「あー、そうすると結構大きいインチのヤツですね」
「19インチです」
「クルマもお好きなんですか?」
「はい。フツーよりは〝好き〟が強いんだと思います」
「以上で終了です。ありがとうございました。お時間をとらせてしまってごめんなさい」
「とっても楽しかったです。ありがとうございました」
インタヴュワーの男性が締めくくると撮影が終わり、動画配信の了承を再度確認され名刺を渡された。
驪々は名刺を受け取ると、ロエベのバッグではなくプラダのジャケットに収めた。そして当初の予定通り、神宮前五丁目交差点の横断歩道を渡ると原二本通りにあるスターバックス・コーヒー神宮前四丁目店へ歩を進めた。
表参道の街並みを歩く女性の多くは、自身のファッションにかなりの気と金額を遣っている。
驪々は、そんな女性たちの姿をサングラス越しに捉えていた。多くの女性がメゾン・マルジェラの服、靴、バッグのいずれかをセレクトしている。そこに古着や、ZARAなどのファスト・ファッションを混ぜたりするスタイルがほとんど。
一昔前なら、コム・デ・ギャルソンやヨウジ・ヤマモトのモードを取り入れたスタイルが多かったが、現在ではネコも杓子もメゾン・マルジェラのアイテムで〝武装〟している。
──服って、ホント底無し沼。染色して裁断して縫製した〝布〟に年間何百万も溶かすんだから……。それをファッションに興味がなくなるまで繰り返す。
〝服〟って何?──自身を偽るモノ?自身の本質を誰かに伝えるモノ?それとも、世界から自分という意識体を守るモノ?他人から好かれる為のモノ?
まあ、確実にワカルのは現在のオンナはマルジェラってコト。ワタシもTABI持ってるけど、なんか履きづらくなっちゃった──あー、あのオンナもマルジェラかよ……みたいな。
メンズはリック・オウエンス着てたら……ってカンジかな。
服が他人と被るのは嫌だけど、流行りのブランドは外せないっていうディレンマがずっと続いて──。でも、荒廃したブランドだと思ってたのに、デザイナーが変わってリブランディングで甦るコトもあるからね。〝一周回って〟とかも……。
正午から閉店時刻まで、都内のスターバックスはどの店舗も鬼混んでいる。が、1名客なら座席の確保は簡単だ。4、5人でゾロゾロ来る客は他のカフェをあたる憂き目に遭う。
驪々はスターバックス・コーヒー神宮前四丁目店へ入店すると二階へ上がり、原二本通り側にある座席へ綺麗な姿勢で歩を進めた。
客の大半が女性だった。何人かの女性客が驪々へ、嫉妬と憧れが入り交じった視線を向ける。驪々はそんな視線を軽く跳ね返し、座席を確保する為スムースな所作でプラダのジャケットを脱ぎ、空いているひとり掛けのソファ・チェアの座面に優しく置いた。
そして一階注文カウンターへ向かい、6人の女性が並ぶ列の最後尾に立つ。サングラス越しに、注文カウンター壁面上部の大きなメニュー・ボードへ視線を向けつつ、前にいる女性客たちを眺めた。
商品を受け取り、セレクト・ショップの紙袋で確保済みの座席へ向かう女性客──リブランディングされたディーゼルのドライヴァーズ・ニットにグッチのセット・アップかあ。素敵過ぎる!フレアな裾から覗く足元は──TABI・ブーツ──ああ、やっぱりそうなるよね……。
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