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行動スル女
スターバックス・コーヒー神宮前四丁目店から、約50メートル離れた場所にあるRC造・陸屋根・三階建の旧い低層ビル。
エレベーターは無く、死角だらけでヤル気の無い防犯カメラが一階の店舗と外階段に、お飾りとしてセットされていた。
付近には善光寺や青山北町児童遊園があり様々な騒音を発している。
驪々は、二階への唯一のアクセス方法である外階段を綺麗な姿勢で上がった。ナイキ・マーティン・ローズ・コラボのショックスが驪々の鍛練されたカラダを軽く持ち上げる。
防犯カメラ未設置の二階・外廊下を静かに進むと、『施術中です。対応出来ないため下記の電話番号までご連絡ください』と書かれたフダが玄関ドアにぶら下がっている部屋の前に立った。
左肩に掛けているロエベのバッグのファスナーを静かに開ける。
中から、オークリー・ファクトリー・パイロット・2.0・グローブを取り出すと、スムースな所作で両手に装着した。
再びロエベのバッグの中へ右手を挿し込むと、旧ソ連製スチェッキンAPBの銃把を握り、取り出した。空いている左手でロエベのバッグの底を探り、全長215ミリの大型消音装置を取り出すと、スライドから露出しているバレル先端に一回転させ装着する。ガン・オイル特有のニオイが微かに漂った。
標準のスチェッキンAPBと違う箇所──近接戦闘を想定してサイレンサー先端にダイアモンド型のスタッズ加工が施された、マット・ブラック仕上げ、厚さ6ミリの円形金属プレートが後付けされていた。サイレンサーと同じ直径の為、標準のスチェッキンAPBと外観上の差異は殆ど感じられない。
9×18マカロフ弾を使用し、装弾数は20発。刺青屋室内にいる男性客1名にはオーヴァー・キャパシティな装備だ。万が一、協力者である彫師が驪々を裏切る行動をとった場合でも充分な実効制圧力を有する。予備の弾倉はロエベのバッグに収めたままで良い。
スチェッキンAPBの使用が困難な近接戦闘に備えて、ニードルス・WU・ストレート・パンツの右サイド・ポケットには、ボール・ベアリングを内蔵し極めて滑らかなブレード・オープンが可能なライオン・スティール・TM1・タクティカル・ナイフがある。オークリー・ファクトリー・パイロット・2.0・グローブのカーボン・プレート・ナックルを介しての強い打撃も有効な攻撃手段だ。
何らかの手違いで事件が公になり、日本の警察組織による捜査が行われても、1990年代から2000年代初期にかけて、ヤクザ間で流通していた拳銃として有名な〝マカロフ〟に使用される、9×18マカロフ弾による殺害と断定されれば、捜査線上に浮かぶ犯人象はヤクザか元ヤクザの男性となる。証拠品の潰れた弾からライフリングを正確に判別し、マカロフではなくスチェッキンAPBから発射された弾だと断定出来るだろうか……。
驪々は右手でスチェッキンAPBを保持しながら、左手で器用にロエベのバッグを左肩に斜め掛けした。薬室には既に弾が装填されている。驪々はセーフティ兼セレクター・レヴァーをセミ・オートに設定し、撃鉄を起こした。左手を玄関ドアのレヴァーへ伸ばし、静かに下げてドアをゆっくり開いてみる。
彫師との打ち合わせ通り、ドアは解錠されていた。建物と同様に旧いドアだが、ヒンジに注油されているらしく無音で開いた。
スチェッキンAPBを保持する右手を胴体に引き寄せ脇を軽く絞める。視線とカラダと銃口を室内へ静かにスライドさせると、左手でドアをソッと閉め施錠した。
無用な音を廃して歩を進め、施術中の客のプライヴァシーを守る為に設置された黒色パーティションへ近づく。
驪々は黒色パーティションに少し違和感を覚えた。
よく視ると、不必要と思える数の黒色金属製L字型ステーと、黒色亜鉛メッキの金属製ビスで床にガッチリ固定されている。転倒防止策としてはヤリ過ぎに思えた。
先週、最終確認をしたときには無かった。彫師が今日に備えてヤッたのか──?
当然、男性客と彫師の姿は確認不能。マグネット式のタトゥー・マシーンが発する独特の作動音も、休憩中の会話も聞こえない。室内にはEighty Point Loveが流れていた。
黒色パーティションの向こう側へ視線とカラダと銃口をスライドさせようとした刹那、黒色パーティションと床との隙間から僅かにハミ出した、PE樹脂シートの端がサングラス越しの視界に入った。アスベスト除去業者が使用する、厚さ0.15ミリのPE樹脂シートを二重に敷いてある。
DPRK工作員がいつも使うモノだ。刺青を入れに来た男性客が、こんなモノが敷かれた室内を目の当たりにして疑念を抱かないハズがナイ。これは裏切りだ!
驪々は咄嗟に振り向き、背後へ視線とカラダと銃口を走らせた。玄関横の室内トイレの木製ドアが開け放たれ、驪々と同じようにサイレンサー装備の自動拳銃を右手に構えた、セミ・ロングの黒髪をポニー・テイルで纏めたオンナが立っていた。
刹那、驪々は鍛練された自身の脚力と、ナイキ・マーティン・ローズ・コラボの性能を最大限に発揮しポニー・テイルへ近接した。互いが手にしている、サイレンサー装備の自動拳銃の使用が困難な距離だ。
僅かだが、先に異変を察知していた驪々の行動は、ポニー・テイルより〝スピード・パワー・正確性〟が優れていた。
この状況でディザーム・テクニックによる、ポニー・テイルの武装解除は困難だ──そう判断するのにコンマ1秒もかからなかった。
驪々はカラダを相手の銃口から逸らしながら、ポニー・テイルが構えるサイレンサー装備の自動拳銃のスライドとフレーム側面を、オークリー・ファクトリー・パイロット・2.0・グローブを装着した左手で強く握った。
驪々の行動を予期出来なかったポニー・テイルは反射的にトリガーを引いた。左手に反動が走り、火薬が燃焼した独特のニオイが室内へ拡がる。発射された弾は、黒色パーティションへ当たった。
驪々がスライドとフレーム側面を強く握っていた為、スライドの後退動作が妨害され、薬室に次弾が装填されない装弾不良が起きた。
焦ったポニー・テイルは再びトリガーを引くが、発射不能状態であるサイレンサー装備の自動拳銃はアクションを起こさない。
驪々は、右手をサウスポー・ボクサーのジャブの要領で伸ばし、スチェッキンAPBのサイレンサー先端に取り付けられたダイアモンド型のスタッズをポニー・テイルの左目にヒットさせた。鋭利で耐え難い痛みがポニー・テイルのシナプスを駆け巡る。左眼球損傷と左眼窩底骨折を負ったポニー・テイルは戦意を喪失し、たまらず左目を閉じカラダを引いた。
瞬時に、自身とポニー・テイルとの距離を正確に把握した驪々は、スチェッキンAPBのトリガーを引いた。ダブル・タップで発射された弾が、ポニー・テイルの胸部に二つの孔をあけ、骨と臓器に酷過ぎるダメージを与える。
ポニー・テイルの右手から、サイレンサー装備の自動拳銃が床へ落下した。胸に手を当てようとするが肺から空気が漏れ脱力し、膝から崩れ落ちた。驪々はポニー・テイルの頭部へ向けて再度トリガーを引く。眉と髪の生え際の中間に一つ孔があいた。ポニー・テイルは床に膝をついたまま、上体を仰け反らせ後ろへ倒れた。
滑稽な姿だった。
驪々はスチェッキンAPBの銃口をピクリともしないポニー・テイルへ向けたまま、床に落ちているサイレンサー装備の自動拳銃へ左手を伸ばした。
45ACP弾を使用するドイツ製のH&K・USPだった。
驪々は左手でH&K・USPの銃把を握り、持ち上げると、スチェッキンAPBの銃口を死んでいるポニー・テイルから逸らし、スチェッキンAPBを携えたままの右手で器用にH&K・USPのスライドを後退させた。薬室にあった空薬莢が排莢され、次弾が装填された。これで装弾不良は解消され、トリガーを引けば弾が確実に発射される。
両手にサイレンサー装備の自動拳銃を携えた。左手で45ACP弾を発射するH&K・USPを扱うのは初めてだ。緊張感よりも、近接戦闘からの銃撃によりポニー・テイルをスムースに倒したという高揚感が遥かに勝っていた。
驪々は焦るコトなく、黒色パーティションの向こう側へ視線とカラダと二つの銃口をスライドさせた。
サングラス越しの視界に彫師、続いて男性客が入る。
ふたりとも、ネズミ色のオフィス用チェアに腰掛けていた。
彫師は黙ったまま驪々を視た。男性客は口を少し開け、立ち上がるべきか座り続けるべきかを悩んでいるようだった。
刺青を施術していた形跡は微塵も無かった。
彫師が何かコトバを発しようとした。
驪々は無言で彫師との距離を約2.5メートルに詰め、左手に携えたH&K・USPを彫師の胸へ向けてダブル・タップで発射した。胸に二つの孔があいた彫師は喋るコトも立ち上がるコトもせずに、そのまま座り続けた。彫師の自由を奪った驪々は、再度H&K・USPのトリガーを引き、ポニー・テイルと同じように眉と髪の生え際の中間に一つ孔をあけた。彫師の上体が仰け反り、カラダがネズミ色のオフィス用チェアから崩れ落ちた。
夜叉、金太郎の抱き鯉、龍、鳳凰、不動明王、観音菩薩、非天──室内壁面に貼られた背中用の和彫り絵図が、寡黙にその様子を見下ろしている。
彫師を排除した驪々は、男性客へ視線とカラダと右手に携えたスチェッキンAPBの銃口を静かに向けた。
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