第1話 場面緘黙症とは

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 高校を出て進路を決めるときにも、人と話さなくていい職業を選んだ。それが今働いている工場というわけだ。  そんな僕は今、パン部門で働いている。どこにでもいそうな地味な見た目で黒髪、標準体型でこれといった特徴はない。  忙しない足取りで、パン部門の班長の岸本さんがやってきた。 「阿部くん、明日なんだけど、和菓子班の人が足りないから応援に行ってくれる?」 「わかりました」  岸本さんは30代前半の小太りな男性だ。僕は高校を卒業し、以前と比べると少しは話せるようになってきた。  とは言っても、まだ普通にコミュニケーションが取れるほどではなく、返事をしたり挨拶をしたりといった程度のことを小さい声でできるのがやっとの状態である。 「今日はもう定時だから上がっていいよ」  岸本さんに言われ、パン部門から外へ出た。すると、同じタイミングで上がった松木さんが声を掛けてきた。 「お疲れ様〜」 「お疲れ様です」  松木さんは、20代後半の女性で、明るくコミュニケーション能力も高い。僕と同じパン部門で働いている。 「明日ケーキの販売があって、社割で安く買えるんだって。結構安く買えるらしいよ」  実に軽やかにコミュニケーションを取る人だなぁと感じる。いい意味で緊張感がないというか、自然に色々な言葉が出てくるようだ。  自分もこんな風に話せたらなと思う。 「お疲れ様でした」  男子更衣室と女子更衣室は反対方向にあるため、お互い挨拶をしてそれぞれの更衣室に向かった。  食品関係の工場は、中に入るだけでも何工程もある。制服に着替え、全身に粘着のコロコロクリーナーをして手洗いも爪の先までブラシを使い、更にアルコール消毒をしてエアーカーテンで埃を落とすのだ。細かく言うとまだまだあるのだが、食品を扱う場所なので衛生面ではかなり気をつける。  その為、着替える場所も工場の外にある。 「はぁ……疲れた」  着替えを済ませて外に出た。駅までは自転車で20分ほどだ。今は10月で夏の暑さも落ち着いた時期。この帰り道は、仕事が終わった開放感で僕にとって好きな時間であった。  場面緘黙症のある人の中には、緘動(かんどう)と言って極度の緊張状態の中で動くために動きが硬直し鈍くなる症状が出る場合もある。人によってはフリーズ状態で動かなくなる人もいる。
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