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1.一心
「まほろ、三番! 生姜焼き定食、上がり」
「はいっ! あ、いらっしゃいませー!」
「おっ! 今日は、まほろ君いるんだ」
「こんにちは。今週は朝昼入ってます!」
「嬉しいねえ。あ、唐揚げ定食。ご飯大盛りで」
「ありがとうございます! 唐揚げ大一つッ!」
声を張り上げると、威勢のいい返事が厨房から返ってきた。
大学近くの学生街にある『定食屋 一心』は朝七時から昼二時までの店だ。店主の親父さんが学生にしっかり食べさせたいと始めたという。客はサラリーマンと学生が主で男性客が多いが、昼は女性客も増える。学生にはご飯を大盛りにするのとお代わり一杯までが無料、ご飯は朝昼炊き立てが身上。厨房には親父さんと息子の仁さんが入っていて、店内はおかみさんが切り盛りしている。
忙しい時間帯の朝は僕、昼にはパートさん二名が入る。この年末はパートさんたちがお子さんの休みや家の用事で忙しいので、僕が通しで一日バイトに入っている。春からバイトを始めて半年以上たち、常連さんと会話を交わすことも増えた。
「まほろ君は言葉遣いが丁寧だねえ」
「そうですか? 祖父母にしっかり躾けられたからかもしれません」
「へえ、おばあちゃん子だったの?」
「はは……そんなわけでもないんですけど」
口元を緩めると、常連さんは笑っただけでそれ以上は聞かなかった。おばあちゃん子か。そんな思い出は一つもない。小五の時に車の事故で両親が死んで、父の実家に引き取られた。祖父母は、家を飛び出たまま帰らない次男に子どもがいたなんて全く知らなかったらしい。
『十年以上音沙汰がなかったかと思えば、逆縁か。どこまで親不孝者なんだ』
初めて会った祖父が、父の亡骸に向かって、震えながら叫んだ。祖父の後ろで祖母は黙って泣き続ける。子どもだった僕はわけがわからないまま、冷たくなった父が怒られるのを聞いていた。僕が小学校に行っている間に、買い物に行った両親の車は大型車と衝突して大破した。朝、「行ってらっしゃい」と言ってくれた二人は、夕方には二度と声を聞けない人たちになってしまったのだ。
「まほろ、上がったぞ!」
厨房から熱々の唐揚げに大盛りのご飯、味噌汁が差し出される。ふっくらと炊き上がった米はピカピカに輝いていた。僕はすぐに黒塗りの盆に並べて、常連さんの元へと運ぶ。
昼の間中お客さんは絶え間なく続き、店が暖簾を下ろすと、賄いが出る。お店のメニューとおかずは違うが、ご飯と味噌汁はお客さんたちに出すものと同じだ。今日は鯖の味噌煮に野菜炒めがついていた。
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