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――まほろに初めて会ったのは、自分の高校の入学説明会だった。
そこそこ有名な私立だから、いつも希望者が多くて皆、興味津々な顔をしている。ところが、参加者につまらなさそうな顔をしている子がいた。生徒会役員で学校案内の手伝いに駆り出されていた俺は、ちょうどその子のグループの担当だった。一通り案内を終えると、一人だけ遅れて廊下のポスターを見ている。何を見ても興味がなさそうだったのに、大きな月のポスターに見入っている子。それが、まほろだった。
何も欲しがっていない、何も期待していない。ただ目の前にあるものを受け入れる。そんな欲のない綺麗な瞳が真っ直ぐに月を見ている。
うちの高校にあの子が来たらいいな、と思った。それでも、新入生の中に姿を見つけることはできなかった。日々が過ぎていく中で、もう二度と会うことはないのだろうと思っていた。
僕は、大きな月のポスターと聞いて、はっとした。二歳上の従兄弟が通う高校の説明会に行ったことがある。祖父母の希望によるもので、何の興味もなかった。説明会は人が多すぎて、案内に立った生徒のことも何も覚えていない。ただ、確かに廊下に月のポスターがあったのは覚えている。満月の美しい写真が使われていて、思わず足を止めたのだ。
……あそこに桂人がいたなんて。
そして、あいにく僕は試験日に高熱を出した。祖父母を落胆させながら、従兄弟の高校の受験をあきらめた。
「まほろと話しているうちに、説明会で会ったあの子だとわかった。まほろは月が好きでよく眺めていただろう? ……手を出さない方がいいと思ったんだ。俺とは全然違うから」
桂人の目が伏せられ、長い睫毛が震える。
「誘われれば誰とでも寝ていた俺とは違う。まほろは純粋で、綺麗だ。でも、段々まほろの目の中に映ってみたいと思うようになって……。まほろと付き合えて、本当に嬉しかった」
「じゃあ、何で! 何で浮気なんか」
かっとして、思わず言葉が出た。そんな嬉しそうな顔をするぐらいなら、どうして。
「……怖くなったから」
「怖い?」
「まほろが付き合ってくれるって言った時、セフレだった奴と全部別れたんだ。あとくされない奴ばかりだったけど、葵だけは最後にもう一度だけって迫ってきた。断ったら、好きな奴ができたんだろ? 俺と寝てたことをバラすぞって言われたんだ。今までならそんなことを言う奴がいても無視してたのに、急に怖くなった。まほろに知られたくなかった」
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