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酒涙雨(さいるいう)
男が私の父になってから1年半後、母が死んだ。
いつかこういう日がくるのは分かっていたけれど、死後のあれこれは思った以上に大変だった。
母は若いころから沢山の保険に入っていて、私が困らないように備えていてくれていたらしい。
でも、手続きがよく分からなくて、父が代わりに動いてくれた。
学校を休んだのは1週間。久しぶりの登校にちょっぴり緊張したけれど、普段あまり話さない子からも心配された。
そのくらい、「お母さんを亡くす」ということは大きなニュースなのだと思う。
気疲れなのか、一日の学校を終えて帰宅すると、私の祖母だという年配女性と私の叔母を名乗る中年女性が玄関の前で待っていた。
雨の中、ずっと玄関前で立っていたのだろうか。
揃った前髪に長い黒髪と白髪のパーマヘアの二人。お葬式で会っているはずだけれど、全く記憶にない。
「ほら、あなたたちは親子だと言っても他人でしょう?」
「男の人と二人で暮らすっていうのは色々とまずいと思うのよ」
居間に座った二人は、冷たい麦茶を一口飲んだ途端、勢い良くまくしたてた。
私の実の父が亡くなった時には何も言ってこなかったらしいのに、母が亡くなると急に家族のふりなのだろうか。
「まずいと言われても、親子ですし……私は他に行くところもないので」
祖母と叔母は、「うちに来ても良いのよ?」と急に同居を申し出た。
どうしてそんなことを言われるのか分からない。
「お父さんがいないところでこういう話をするのって、どうなんですか?」
叔母は曇った眼鏡のレンズを拭きながら、私の方を見た。
祖母はそんな叔母の方を見て、私に何か言いなさいよとでも言いたげだ。
「まあ、そうね、今は分からないかもしれないのだけれど……」
叔母が眼鏡をかけながら言いにくそうに口を開く。髪の長い日本人形がそのまま年を取ったみたいな人だ。
「そのうち、あなたたちのことを色々と言う人たちが出てくると思うのよ」
ああ、と小さく息を吐いて口元だけで笑う。
葬儀の時の記憶が蘇った。
そういえば、この人は黒い喪服に黒い真珠のネックレスを付けていた人だ。脇に、中学生くらいの女の子を連れていた。
「私の評判が悪くなると、都合が悪かったりするんですね?」
これまで何もしてくれなかった人が、母が亡くなった途端に手を差し伸べてくれるなんておかしいと思った。
病気の家族と生きていた私のことは見て見ぬふりをしたくせに、その母がいなくなったら一緒に住もうだなんて。
私の発言は図星だったはずなのに、叔母も祖母も、何も感じていないような顔を浮かべている。
自分たちの体裁を守るのに、どうすればいいのか必死なのだろう。
母の葬式で私たち父子のことを知ってしまった人たちから、噂が広まるとでも思ったのだろうか。
考えてみれば、母の学生時代の友人は、この人たちが住む町に住んでいる。
「お足元が悪い中、わざわざお越しいただきありがとうございます。でも、近くの高校に通っていますし、父とは共同生活の関係なので」
叔母と祖母は難しい顔をしていた。
私のことを心の底から心配していたら、こんなタイミングで訪ねて来るはずがない。
何も知らない子どもの頃だったら、差し伸べてくれた手を取ってありがたいと思っただろう。
「父もそのうち帰ってきますが、待ちますか?」
確信を持って尋ねると、二人はお互いを見て合図をして立ち上がった。
「夕食のこともあるので、もうお暇します」
叔母はそう言ってそそくさと家を出る。祖母もその後ろにくっついていた。
玄関を開けると雨が強くなっている。
今日は七夕だというのに。
――きっと願いは叶わない。
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