うさぎになる僕のはなし。

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うさぎになる僕のはなし。

『週間天気予報です。明日は稀にみる快晴、雲一つない青空となるでしょう。布団を選択する絶好のチャンスで……』 なるほど明日は快晴らしい。 ということは、僕は明日、 次の朝、起きるとうさぎになっていた。 僕は快晴の昼にうさぎになる。 何度も言いたくないから先にもう一度言う。僕は快晴の昼にうさぎになる。 この体質はほんとうに面倒だ。ほんとうに。 まず快晴、という点。 快晴の定義を知っているか。 「空全体に対する雲の割合が一割以下の天気」だ。だいたいこんな感じのことが小学校理科の教科書に載っている。ただの晴れではうさぎにならない。しっかり一割以下のときだけだ。そんなの目視では分からない。 ニュースで快晴でもうちの地域は晴れ、はあるあるだ。だからめんどくさい。 次に昼、という点。 昼にうさぎがその辺を歩いていて周りの人が普通の顔をするだろうか。野良犬でも野良猫でもない、野良うさぎだ、ありえるか。だから外に出られない。だからめんどくさい。 次にうさぎ、という点。 僕はどうして自分がうさぎになるのか分からない。別にかわいいものは好きではない。普段の自分より圧倒的に小さいせいで何もできない。情けなくて友達にも相談できない。これに関してはめんどくさいというよりなんていうか、ひどい。 僕はどうせなら、満月の夜に狼になりたかった。 一度病院に行ったことがある。 一週間ほど病院中たらいまわしにされて、ようやく落ち着いた精神科で言われたこの言葉を僕は忘れない。 「うーん、どうやら晴れたの日の昼に、うさぎになるみたいですねー。」 それは、知ってる…。 このときにかかった総額一万五千円は人生最大の無駄遣いだったと思う。 小さくなった体で窓枠に飛び乗り外を見る。こんなにいい天気なのに、やっぱり外に出る気はしない。 しかし今日は違った。 外を眺めていたらうさぎがいたのだ。 野良うさぎが。 もしかしたら仲間かもしれない。僕は思い切って窓を開けて、野良うさぎの方へ飛び降りた。 「……」 「……」 そういえばうさぎって話せないんだったな。 降りてみたところで何も情報は得られないらしい。僕たちはしばらくフリーズして、そして互いに何かを察して、二匹同じ方向に歩き出した。 もしかしたら元の人間はものすごいヤクザだったり凶悪殺人犯だったりするかもしれないが、今のところそんなことはどうでもよかった。 初めて見つけた仲間(たぶん)と歩いているのは少し楽しかった。 近くの公園に行って日向ぼっこをした。 通りすがった八百屋のおばさんがにんじんをくれたので一緒に食べた。 そのあとはまた日向ぼっこをした。うさぎの体で外に出るのも、案外悪くなかった―― はっと起きると空が曇っていた。いつの間にか寝ていたらしい。 いや待て。 曇っているということは……体を見ると案の定人間だった。 仲間は、と見回すと、草の上に大人が寝ていた。 女性だった。 うさぎになっても全く変でないと感じられるくらいにはかわいい女性だった。何も知らずにこんな中身の人と日向ぼっこしていたのか。 やはり思い返すと恥ずかしくなってくる。 「あのー、」 そのままにしていくわけにもいかないので、起こした。 「ん……あれ、曇ってる。あ、もしかしてさっきの?」 「は、はい」 「わー、そうだったんですね!さっきはありがとうございました。仲間を見つけたの、初めてで。楽しかったです、ちょっとだけ」 「……僕も、です。ありがとうございました。あなたも、快晴で?」 「あ、私は雲〇・五割から一・五割のときにうさぎになるんですけど、分からないからいつも晴れでも外に出ちゃうんですよね」 あー、僕よりもっとめんどくさい人いた。 「あのー、もしよかったら、連絡先交換しませんか?これからいつ仲間に会えるかわからないし……」 「あ、はい。よろしくお願いします」 「大の大人が二人で草むらに寝っ転がってるって、ちょっと、やばいですねー」 「それ思いました」 「あははははっ」 彼女が笑うとなぜだか、日向ぼっこのときの優しい太陽の光を思い出してしまって困った。 僕は快晴の昼にうさぎになる。 僕は今日はじめて仲間に出会った。 何かが、変わる予感がした。
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