おなかが空いた

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 その時、表の扉が蹴破られた。 「警察だ! 食品衛生法、及び調理師免許無許可、ついでに風営法違反の疑いで、全員逮捕する!」  刑事を先頭に制服警官らが店の中に雪崩れ込んできた。この闇ランチの店の店員と、そこで高額なランチを食べていた客らが次々にお縄になってゆく。  黒木はここまできて、警察に捕まるなんて、とんでもない。と必死でテーブルの下に隠れたり、カーテンに体を巻きつけて隠れたり、寸胴鍋を頭からかぶって隠れたりした。  そうこうしていると、店内の騒動は表の出入り口のほうに移動していった。どうやら逮捕した連中を護送車に乗せているようだ。厨房の隅っこで息を殺して身を潜めていた黒木は、奥に扉があるのを発見した。この店の裏口だ。黒木は素早くその扉から、外に出た。  瞬間、黒木は目の前が真っ暗になり、星が舞っていた。鳥打帽の男が警察の追っ手から逃げて走っていたところと鉢合わせしたのだった。黒木と鳥打帽は(デコ)(デコ)でぶつかっていた。  黒木が気がついた時、彼は警察官に支えられ、刑事が鳥打帽に手錠をはめているところだった。鳥打帽は「ちくしょうでゲス」「放すでゲス」「許しておくれでゲス」と言っていた。  警察官がこの男はどうしましょう。と刑事に訊いていた。刑事はあごをしゃくって、赤色灯が回っているパトカーを示した。黒木は警察官に引っ張られ、パトカーに乗せられた。彼は連行された。  黒木は、警察署の中にいた。いわゆる犯人と疑いのある人物が尋問をうける取調室にいた。扉をノックする音がして、応える間もなく刑事が入ってきた。黒木はこれから自分はどうなるのだろうか。あんないかがわしい店にいたから、何にかの罪に問われるのだろうか。  刑事が黒木の前に座った。鋭い目付きで、屈強な男に見える。黒木はなんだか怖くなってきた。 「……黒木さん」刑事は言った。「あなたのおかげて、すばしっこい鳥打帽の男を逮捕することができました」鋭い目が、やさしい目付きに変わっていた。「我々はあなたのご協力に感謝しております」  黒木は呆気にとられた。てっきり、何かの罪状を言われて、厳しい尋問をうけるとばかり思っていたので、刑事から感謝の言葉をうけ、体から力が抜けてゆくような感じだった。 「ーーさて」刑事は時計を見た。「ずいぶん遅くなったことですし、黒木さん。お腹が空いているんではないですか?」刑事は言った。「カツ丼でも食べられますか?」 「豚骨ラーメン」黒木は言った。「ーーは、食べれます?」  刑事はちょっとびっくりしたような顔したが、しばし思案した様子でいた後、黒木を手招きした。 「いいですよ。ちょうど今時分に署の前に、ラーメン屋の屋台が来るのですよ」刑事は言った。「豚骨ラーメンの屋台です」  黒木は立ち上がると、刑事といっしょに取調室を出た。彼は目に涙を浮かべていた。ようやく食べられる。昼飯に食べようと決心した、あの豚骨ラーメンが食べられるのだ。  警察署の表に出ると、道路向かいに屋台が出ていた。豚骨のスープのにおいが漂ってくる。    黒木は屋台に向かいながら想像する。豚骨スープとそこに沈んでいる細麺、その上に載っているネギ、チャーシュー、紅しょうが、が、今度こそ俺を呼んでいる。 (了)
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