おなかが空いた

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 黒木は商店街のなかを昼飯を食える店を探しだした。だが、どこもかしこも満席だった。どうやら、さっき通った文化センターにいたサラリーマンたちが大挙をなして、この商店街に押し寄せ、定食屋、洋食屋、うどん屋にそば屋、カレー屋さんに牛丼の店、昼定食のある喫茶店などに雪崩れ込み、席を埋めてしまっていた。どこの店も満員の状態だった。  大変だ昼飯難民になってしまった。と黒木は落胆した。  背後から、黒木の肩をちょんちょんとつつく者があった。振り向くと、鳥打帽を目深にかぶり、髭面の男が立っていた。 「あんた。昼飯にあぶれたでゲスな」 「あんた。何者ですか?」  鳥打帽の男は、すばしっこく辺りを見回すと、黒木の耳元で囁いた。「いい昼飯(ランチ)が、あるんでゲスがね」  どうやら闇昼飯(ランチ)のポン引きのようだ。 「どんな昼飯(ランチ)があるんだ?」黒木は訊いた。  鳥打帽の男は、いやらしそうに口角を吊り上げると、言った。「そりゃあ、旦那。よりどりみどりでゲスよ」 「と、豚骨ラーメンは食えるのか?」 「うふふ」鳥打帽の男は、ほくそ笑みを浮かべた。「旦那は、お熱いのがお好みのようでゲスな」  鳥打帽の男は、人目につかない路地のほうに黒木を案内した。体を横にしないと通れないほど狭い隙間を通り抜け、裏通りへ出ると、いかがわしい看板や、立て看板を出して並ぶ店舗の前を通り、一軒の建物の前で止まった。  鳥打帽の男が、重厚な黒光りの鉄扉をノックした。  トン、ト、ト、トン、ト、スッ、トン、トン  扉のスライド式覗き窓が開いて、目が覗き、「合言葉は?」と言った。 「山」「川」「豊」  扉が開き、鳥打帽の男は、黒木を押し込むように中に入れると、自分は中に入らず姿を消した。
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