おなかが空いた

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 ああ、お腹が空いたなあ。と、黒木は思った。今日は仕事が休みで、四度寝した後、パチンコでもしに行くかなと起きだし、アパートから出てきた時、昨夜観たテレビのグルメ番組を思い出したからだ。 『なにこれ!? めっちゃうまいやん!』と、食レポのお笑い芸人が言う。『これはもう! スープと麺のコラボレーションやで! しかし!』  すかさず相方のツッコミがはいる。『いが~みくん! ラーメンやから、麺とスープのコラボレーションはあたりまえやがな! なに言うてんの! ほんま!』  お笑い芸人いが~みは麺をすすり、スープまで飲み干して完食した。 『ぷはー! もう腹パンパンでお腹いっぱいや! ーーそやけど、この豚骨ラーメンうますぎる! もう一杯、おかわり!』  黒木が朝起きて食べたのはーーこれが朝食といえるものならばーーホットコーヒーと煙草の一服だけだった。  黒木は時計を見た。11時40分。昼飯にラーメン。ちょうどよいではないか。駅前の商店街に、たしかラーメン屋があった。昨夜のバラエティー番組で、お笑い芸人が食べていたのと同じ豚骨ラーメンの店だった。思わずよだれが垂れそうになる。あの豚骨スープとそこに沈んでいる細麺、その上に載っているネギ、チャーシュー、紅しょうが俺を呼んでいる。ここからだと、歩いて10分、早歩きで7分、ダッシュだと3~4分で着ける。  彼はすこし思案して、歩いて10分を選択した。ここからぶらぶらとのんびり、舌と胃袋を焦らして向かえば、計算では12時10分前にラーメン屋に到着する。焦らしに焦らして、食べる豚骨ラーメンはどんなにうまいだろうか。それともうひとつ、この12時10分前到着の意図は、この世の中の社会のルールとして、労働者の昼休みは、きっかり12時からとされている。と、いうところからきている。どこの会社も事務所も役所も、小中高校、幼稚園。なぜそこまで12時にこだわるのか? その時間になるまでは、誰も昼飯には、絶対にありつけないのだ。今も歩いている横の、地区の文化センターには、スーツを着たサラリーマンらしき人たちが、なにかの研修なのか、大勢出入りしている。彼らもそのルールに囚われている人々なのだ。ーーで、あるからにして、12時の10分前にラーメン屋に到着することで、腹を空かしたサラリーマンたちが大挙をなして突入してくる前に、余裕で席を確保することができる。しかし"お昼休みは12時から"この習慣はこの後の未来の世界でも続くのであろうか? 百年後も人類は、12時のチャイムが鳴らないと昼飯を食べられないのだろうかーーなどと、黒木はどうでもいいことを考えながらラーメン店の前に到着した。ーーが、彼はびっくりぎょうてんした。  
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