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「どうやら今日の冒険は充実していたようだ。このように打ち上げまでして、さぞ喜ばしかったことでしょうな」
「何が言いたい?」
俺達を挑発するような口調のネロを、ロルフがその切れ長の目でキツく睨む。
ロルフの言動には貫禄があり、本能的に相手を萎縮させる威圧感を持っている。
この牽制はロルフにしかできない。
温厚なウィルでは迫力不足だろう。
「おやおや、ロルフか。貴殿も変わっていないようで何よりだ」
「何を、言いにきた?」
「いやいや、たまたま貴殿らの凱旋を見たものでね。感動したよ。新入りも順調に育ってきているようではないか」
ネロがちらっと俺を見る。
俺だけじゃなく、クロエ、アル&ハルもその対象だ。
「そこで貴殿らにも吾輩の仲間の成長を伝えねばと思ったのだよ。親切だろう?」
「なーにが親切だっての」
アルがぼやく。
これはヤバい。
ネロという人物は、怒ったらすぐに殺しにかかりそうだ。
この17年間で、ヤバいイカれた連中の特徴は把握している。ネロもそのうちの上位に入ってくることは間違いない。
邪悪な瞳の奥が狂気に満ちている。
俺はアルの死を覚悟した。
短い間だったが、いろいろとお世話になった、アル。あの世でも呑気に暮らしてくれ。
「なかなか生意気に育っているではないか、面白い」
ネロは笑っただけだった。
思っていたより器の小さい男じゃなかったってことだろう。
アルの死は免れた。
「楽しみムードの貴殿らに報告しておくとしよう。2か月前に加入したばかりの新入り、アレス=ヴァイオラは見事この前のランク昇級試験に合格し、A1からS3へと進化した」
自慢気に話すネロ。
正直今にも殴りかかってしまいそうだが、ここは我慢しておこう。
それに、たぶんネロは俺より強い。というか、もしかすると俺達の古参たちより強いのかもしれない。
実は俺達新入りは、古参3人のランクを知らないのだ。
だから正確にランクで実力差を計算することはできない。
「それに、吾輩もこの度、なんとS2へと昇格したのだよ!」
自分で言うんだ……。
繊細な内容でも、驚くほどに高ければ人前で堂々と言えるのか。
ネロのわざとらしく張り上げた大きな声に、酒場の多くの人が注目を向ける。
これが狙いだったのかもしれない。
周囲の客達は凄いだのなんだのネロを褒め称え始めた。
「どうだいどうだい? ウィル、貴殿はせいぜいまだS3といったところだろう?」
話し方からして、ネロでさえもウィルのランクを知らないらしい。
まあ、仮にネロが俺達の宿敵だとしたら、わざわざランクを教えないことも必然と言えるか。
ネロの挑発をウィルは笑って流した。
「キミは凄いね」
「ふむふむ、素直ではないか」
誰よりも素直に喜ぶネロ。
この姿だけ見ると、ネロはそこまで危ないやつでもなさそうに思える。
ただ承認欲求を満たしたいだけの極度な目立たがり屋、そういうことかもしれない。
「言いたいことはそれだけかい?」
「おやおや、そうやって冷静を装って、実は内心焦っているのではないか?」
「そうかもしれないね」
半分呆れたように返すウィル。
オトナの対応だ。
面倒くさい相手は相手にしない。その鉄則を忠実に守っている。
「ではでは、せいぜい食事を楽しみたまえ」
そう言い残して、ネロは酒場を去っていった。
「あいつ無理」
心底嫌そうな顔をして、ハルが呟く。
それに何がなんでも同意するっていう感じで、うんうん頷くクロエ。
ネロが自分自身のパーティーでどういう扱いを受けているのかは知らないが、パーティー内に強烈なアンチがいてもおかしくない性格だ、あれは。
「みんなには迷惑かけたね」
ウィルが頭を丁寧に下げて謝罪した。
半分は申し訳なさそうに、半分は呆れながら。
ロルフは鼻をふんと鳴らすと、腕を組んで何も言わなくなった。
ヴィーナスの方は女神のように可憐な笑みをこぼし、優雅に食事を続けている。
「ああ見えても実力は折り紙付きだし、根っからの悪人ってわけでもない。また会った時に絡まれたら、適当に流しておいてほしい」
ウィルはそう締めくくって、ネロに支配されそうになった空気を終わらせた。
***
「うへぇ~、こりゃ酔い過ぎた」
この世界から離れ彷徨っているアルの声がする。
もう酒の毒は全身を巡り、重症化していた。
ハルは呆れてアルと話す気もなくし、その結果俺がアルを背負って本拠地まで帰ることになったわけだ。
「お願いね、オーウェン。今ちょっとこいつに愛想尽かしちゃったからさ」
幸い酒場と本拠地の距離はそう遠くない。
それにこれもいい訓練になると考えれば、悪いものでもない。
「今日は長かったね」
先頭に立つウィルが言った。
「いろいろ整理すべきことはあるかもしれないけど、今はゆっくり休もう。大浴場で疲れを取るといい」
そうして俺達は、広大な敷地に建つ立派な本拠地を眺める。
いつ見ても美しい。
完全にヴィーナスの趣味であるぶどう庭園が一面に広がり、神殿のような白い建造物が堂々と存在感を放っている。
7人で住むには大き過ぎるので、勿論メイドも10人ほど雇っていた。そうでもしないと掃除から何からやるべき仕事が増えてしまう。
「オーウェン、そいつ風呂に入れてやって」
俺はアルの世話係じゃないんだが。
そういうのはメイドの誰かに頼めばいいのに。
ハルは結局双子の弟のことが心配なんだろう。
そういうところ、俺は嫌いじゃない。
「わかった」
溜め息を漏らしながらそう返事をし、アルを背負ったまま大浴場へ向かう。
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