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 アルを大浴場に運ぶ途中、想定外の事態に見舞われた。 「ぐで~ん」  俺の背中で、アルのやつが呑気に寝落ちしていたのだ。    何度か顔面を叩いて起こそうと試みたが、結局無駄だった。  アルは一度眠るとなかなか起きない。  どこかで野宿しているような時でも、周囲への警戒を一切することなくぐーすか寝ている印象だ。 「まだ風呂にも入ってないだろ……」  呆れて溜め息をつく。  せっかくアルと楽しいお喋りができると思ったのに、残念だ。    最後に強烈な一撃を腹にお見舞いしたが、唸られるだけでやっぱり目を覚ますことはなかった。いっそのこと夢の中で地獄の苦痛を味わっていてほしい。  死んだように動かないアルを運んでいる時、廊下でヴィーナスとすれ違った。 「あら、オウェーンね」  色気たっぷりのセクシーな声で、思わず俺の足も止まってしまう。  ヴィーナスはアレクサンドリアで1番の美女と言われていて、その整い過ぎた容姿に惹かれない者なんていない。  滑らかな長い金髪には若干赤みがかかっていて、この世のあらゆる光を反射する輝く黄金の瞳は、天に輝く太陽を連想させる。  この勇者パーティーにこの(ひと)がいるせいで、他の女性メンバーの容姿が引き立たない。  実際、クロエとハルもかなり美人で可愛い顔立ちをしているが、この女神の美しさはそれを忘れさせる力を持っていた。 「アルを運んでいます」  特に話題もない。  だからとりあえず現状報告をしておく。  俺はこの3ヶ月間、この絶世の美女とあまり話す機会がなかった。  ヴィーナスはだいたい庭園で静かに過ごしている。  ウィルとロルフでさえ、彼女がひとりで庭園にいる時にはなるべく話しかけないようにしているらしい。 「面倒見がいいのね、オーウェンは」 「いや、今回はハルに頼まれただけですから」  古参の3人と話す時は毎度こんな感じだが、ついついかしこまった口調になってしまった。  ヴィーナスの場合は特に緊張する。人間を超えるような存在と話すのに緊張しているというせいだろう。 「私も手伝おうかしら」  お嬢様のように優しく微笑み、俺に近寄る絶世の美女。  接近すればするほど、果実の甘い香りとエロい色気が俺を襲う。 「どうかしたの?」 「いえ、なんでも」  ヴィーナスの思いやりに満ちた手伝いを断れるはずもなかった。  アルを抱えるのは俺の役割として、ヴィーナスにはアルの部屋までついてきてもらう。  両手が塞がっている俺の代わりに部屋の扉を開け、ランプを灯して部屋を明るくしてくれた。 「ありがとうございます」  赤ん坊のようにスヤスヤ眠るアルは、少し可愛い。    光沢のある銀髪は男にしては少し長くて、耳に半分かかるくらい。  顔立ちはハルと同様に中性的で、肌も綺麗だ。  この無防備な状態だけ見れば、女の子に見えないこともない。勿論、俺はアルに変な気を起こすつもりなんてないが。  とはいえ可愛いのは事実だ。 「もう3ヶ月も一緒に暮らしている仲間なんだから、気を遣ったりしなくていいのよ。私達の立場は対等だわ」 「はい……」  そうなんですが、あなたがあまりに美しくて、対等に接することなんてできないんですよ、とは言えない。 「今日はいつもより忙しかったから、オーウェンも疲れているでしょう?」 「いや、俺はそんなに。ウィルが誰よりも疲れてると思います。リーダーとして、今日はまとめ仕事が多かったみたいですから」 「そうね。今日は少し重荷だったかしら。あの神託のお告げには驚いたわ」  ヴィーナスが遂に裏切り者の話題を出す。  俺としては、冷静にごく普通の質問を繰り出しておくのが正解か。 「俺も驚きました。ヴィーナスさんはあのお告げ、信じますか?」  すると、ヴィーナスは頬を膨らませ、ふてくされたような表情になった。 「ヴィーナス。そう呼んでちょうだい。ウィルのことは『ウィル』って呼んでるじゃない」  そういう表情も仕草も、いちいち美しい。  そしてそこに可愛さも含んでいる。 「わかりました」 「……」 「ヴィーナス」  俺がそう呼ぶのを待っていたらしい。  ますます愛しく思えてきた。 「それで、お告げを信じるか信じないかって話だけど、私は絶対信じないわ。この7人の中に裏切り者がいるだなんて、考えたくないもの」 「ですよね」 「オーウェンは信じるの?」 「神託のお告げなんて、どうにでもなりますからね。変えられない、なんて決まっているわけでもないと思うんです」 「あら、感動的ね。私、そういうの好きよ」 「え?」  急に、好きよ、なんて言われて顔が熱くなった。  いかんいかん。  こんなことで照れてどうする? やっぱりヴィーナスはかなり手強い敵になりそうだ。 「そしたら私は大浴場にでも行こうかしら。貴方も一緒にどう?」  畳み掛けるようにして、俺をからかってくるヴィーナス。 「やめておきます」  俺は苦笑いして断った。 「神託のお告げ、貴方の言う通り、変えられるといいわね」  そう言って、ヴィーナスはアルの部屋から出ていった。  黄金の瞳が反射する光の量が、いつもより少しだけ少ない気がした。  ふと思う。  ヴィーナスは俺が裏切り者であることに気づいている?  まさか。  そんなはずないだろう。  そう言い聞かせるも、さっきの言葉には何か含みがあるようで落ち着かなかった。
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