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東京駅_1
私には帰る家がない。
だから、現在直面しているこの事態は、私にとってはとても深刻だった。
「和咲、ごめん。僕たち距離を置こう」
「距離を置くよりも、どう考えても別れたほうがいいと思うのだけど……?」
彼氏の言葉に、そう答えるのが精一杯だった。
この期に及んで、私を「キープ」にするつもりなのかな。
目の前にいる彼氏が、とんでもないアホに見えてきた。
金曜夕刻の東京駅構内。在来線ではなく新幹線改札口の近くなので、大きな荷物を抱えている人も多い。その雑踏の中で、空間が切り取られたかのようにぽっかりと人の通らない場所があった。
私と、彼氏であるはずの男・柴田真臣と、彼に寄り添う清楚な女性、私たち三人が対峙しているこの場、いわゆる「男女の修羅場」。好奇の目を向ける人もいるが、ほとんどの通行人は無視して通り過ぎていく。
真臣はひとつ年下。三年前、新人研修の事務担当をしていた私は、入社後まもない、まだ大学生のような彼に出会った。それまで男性と付き合ったこともなかった私には戸惑うことばかりだったが、そんな私にも真臣は優しかった。
彼の配属先が福岡支店になったため、ずっと遠距離恋愛だったが、この春、東京オフィスに戻ってきたのをきっかけに同棲を始めた。三か月後には結婚式を控えている婚約者である……はずだった。
真臣の横には、気分が悪くなったのかハンカチを口元に当てた女性が寄り添っている。先ほど、「妊娠している」と聞かされたので、つわりなのかもしれない。だが、相手を気遣う余裕はない。私も倒れそうなくらいに頭痛がしているのだから。
約一時間前、会社に電話がかかってくるまでは、ごく普通の平穏な昼下がりだったのに。
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