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「なんじゃ、清太郎は気でも触れたか?」
「何をしとるんじゃ清太郎」
両親からの困惑に満ちた声が飛んでくるが、僕は気にもかけない。真夜中に家の中からありったけの食料と酒、茣蓙等を持ち出したのだから当然だ。
突然家に飛び込んできて家探しを始めた僕をなんとか諫めようとしたが、それらを振りきり、抱えられるだけ抱え込んで山へと出戻った。
この騒動に何事かと他の村人達も総出で僕の後と追ってきたようで、そこでようやく異変に気付いたようだった。ざわざわと騒ぎ出す皆を尻目に僕は老木の前に茣蓙を引き、食料を並べ、盃に酒を満たして、踊りだした。
そこへ彼女を探しに来たのであろう、例の若武者一団も現れる。
「何事だ!む?そこにおったか」
サクラは腕を抱えて座り込んでいる。気のせいかそれを包む光が弱くなっている気がする。
「ぐ、ぐぬぬ、なんだあの娘は。妖怪の類であったか」
若様はそう言うと、腰から下げた刀を抜き、サクラに切りかかった。
「妖怪変化の分際で某を騙すとは、ええい、死んでしまえ」
ギン、と甲高い音が響いた。なんと、光は鋼鉄の刃を弾き返した。
若武者は折れた刀を唖然として見つめていたが、やがて恐怖を覚えたのか刃物を放り出して逃げだしていった。
「わ、若!お待ちくだされ」
部下の侍達は若様の後を追って馬を走らせていった。
僕はそれらを全部無視して、黙々と宴の余興をする。それが彼女の、サクラの最後の望みだったから。あまり時間は無かった。サクラが消える前に最後の望み、再びこの世に生を受ける為の、再生を司る宴を開かないといけない。
「皆、宴だ。山の神様を敬う為の宴会だ!サクラの最初で最後のお願いを聞くんだ」
僕はあらんかぎりの大声でそう叫ぶと、彼女の為に一心不乱に踊った。狂気じみた僕の行動に村人一同度肝を抜かれていたのだが、サクラという名前を聞くと、ハッとして、釣られてたように僕の踊りの輪に加わってきてくれた。
その夜はなんとも奇天烈な夜だったろう。
たった一人の少女の為に、領主一向を追い出し、豊作だったとはいえ貴重な食料や酒を大盤振る舞いし、大がかりな酒盛りを繰り広げたのだから。
多くを食べ、多くを飲み、周囲の自然に感謝する祭と化していった。
皆が皆、その喧噪へと心奪われたいた頃、その中央にいた若芽たるサクラはにこやかな笑みを浮かべていた。僕はその前に立ち、最後のお別れを告げる。
「ありがとう、サクラ。この村が豊かになったのも全部君のおかげだったんだね」
サクラは頭を横に振った。
「いえ、私は少しの力を貴方達に貸しただけ。全ては貴方達の努力の賜物です」
その顔は心安らかに見え、それは子供達が楽しそうに遊んでいる光景を眺めていたそれに見えた。
「また…会えるよね?」
頬を涙が伝う。
彼女は何事か言おうと口を上下に動かしたが、結局それを彼女は答えなかった。暫しの沈黙の後、代わりにこう告げる。
「ありがとう、人の子らよ。ありがとう、清太郎。願わくばこの宴が多くの人々に伝わらんことを」
それを言い終えると、その姿は忽然と消え失せていた。
僕は、一人静かに涙を流した。
集いは終わる頃を知らず、人々の歓声が辺りにこだまするのであった。
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