永久の精霊様

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 いつか再び巡り合う。  彼女は確かにそう言っていたと思う。  その口は動かずとも僕にはそう聞こえたのだ。  時は戦国、世は地獄。  かつては平和を謳歌していたこの国も戦火の余波が襲い、あらゆる不幸が我先にと押し寄せてきていた。  徴兵、兵糧、戦にはあらゆる物資が必要となる。日に日に強まるお上の略奪に加え、酷い飢饉も重なり、あわや破滅かという道を歩んでいた。  この村もそんな無数に存在していた村々の一つだ。    僕は腹が減っていた。  昨日から何も口にしていない。両親妹共々今夜の食事は抜きだ。  働けど楽になることはなく、むしろ悪化する一方で、父を戦にとられなかったのが唯一の救いという塩梅だ。戦の連続と干ばつのせいで田畑は荒れ果て、見る影もない。  僕は腹を抑え、山に登ることにした。山ならなにか食べ物がある、そう子供ながらに考えたからだ。この時はあんなことになるなんて、その時は思いもしていなかった。    山の景色は秋に相応しい紅葉を見せていて、思わず空腹を忘れる程だった。 「綺麗だなぁ」  両親からはむやみやたらに、お山に登るなときつく言われていたが、子供達にとっては山は遊び場であると同時に教育の場でもあった。ここで色々な種類の動物や植物の事を知り、自然の偉大さを肌で感じ取る。だから僕はここまで来たのだが、どうも目算を謝ったらしい。  何もないのだ。  果実の一つも、小動物の一匹も、魚の一匹も、山菜の一つも見つけられない。  僕は最後の希望にすがって御神体たる山の中を徘徊し続ける他なかった。 「ん?あれは何だろう」  半ば絶望の中、僕はあるものを発見した。  どこまで歩いたか、いつの間にか開けた所に佇んでいた。  そこの中央には巨大な老木があり、奇妙な新芽が芽吹いていたのである。光輝くその新芽はひときわ目立ち、神々しいそれは畏怖の念すら抱かせた。  僕はその景色を見続けたが、徐々にその光は薄れてゆき、やがて消えていった。  なんとも言えないざわつきが僕の心を満たし、慌てて川へ向かった。単純に植物には水をあげればいいと子供ながらに考えたのだ。  ちらちらと流れる小川に両手を入れ、零れない様に慎重に運ぶ。僕は無心でその新芽に水をかけ続けた。    どのくらい経ったのだろうか、僕はふと周囲の空気が変わったことに気付いた。  臭いだ。  何か酷い獣臭が周辺に漂っている。  背後を振り返るとそこにはとても大きな猪がいたのだ。ふーふーと荒い息をたてたそれは獰猛な目をしており、僕は呆然と立ち尽くしてしまった。  逃げないと、と頭では考えるが、身体はいうことをきかない。僕は数秒後にボロ雑巾の様になる様を覚悟して目を閉じた。  だが、一向にその痛みがこない。何度も心で念仏を唱えたが、やはりその機会は訪れない。妙に思い、瞼を明けると、そこには一人の少女がいた。その娘は獣に怯むことなく対峙し、威風堂々としている。  その娘はとても綺麗な子だった。まるで昔話に聞くようなどこかの国の姫君のような、ハッとするような長い髪に見たこともない着物を身に着けている。  その娘は、何を考えているのか狂暴な猪に語りかけた。 「いきなさい、山の子よ」  危ない、と思った。  このままではいきり立った山の生物にその身が消し飛ぶとそう思ったのだ。  ところが、不可思議な事が起こっていた。先ほどまではいきり立っていた件の猪が怯んでいるのか、後退りしているのだ。 「去りなさい、山の子よ。其方はもう眠りにつく時です」  再度娘はそう語りかけると、両手を突き出して光を放った。突如現れた光源に山の主ともいうべき巨大な獣は飲まれてゆく。  僕は目を丸くしてそれを見ていたが、決着はあっさり付いた。ぶびぃと獣が光の中でいななくと、背を向けて走り去っていったのである。僕はへなへなと地面に腰を落とした。 「た、助かったのか?あのキミ、ありがとう」  あまりの出来事に僕は混乱していたが、一呼吸おいてから女の子へと礼を言ってみた。果たしてさしたる反応はなく、ゼイゼイと荒い息をしてこちらを見ているだけだった。  僕は助けてもらった時は、恩をきちんと形で返せと両親に言いつけられていたので今度はペコリと頭を下げる。  少女は少し困ったような顔をした。言葉が通じていなかったのだろうかと少し不安になる。 「僕は清太郎、キミの名前は?」  少女は迷っていたようだが、やがて口を開いてくれた。 「私は、サクラ、だけど…」  ようやく交流の切欠ができた僕は喜んでしまい、彼女の言葉を途中で遮ってしまった。 「あ、良かった言葉が通じてないのかと。ごめんね、怖かったでしょう」  サクラと名乗った少女の手を取ってブンブンと振った。 「あの猪を退散させるなんて本当に凄いや。あ、そういえばキミどこの子?」  サクラはとても綺麗な子だったが、今まで見たことが無かった。ここまで可愛いならうちの村の中で噂にならないはずないのだが。 「まぁいいや、お礼に家まで送っていくよ。家はどこだい」 「家?そんなものはないわ」  サクラがそう言った瞬間、僕はまずい質問をしたと後悔した。このご時世、各地で戦が起きており、村ごと全滅したなんて噂もしょっちゅう聞く。つい最近も近隣の村々から家を失った親子が何人も僕の村まで流れついていたのだ。 「ご、ごめん。あ、そうだ行くとこないならウチにきなよ。命の恩人だし、歓迎するよ」 「え…」 「さぁはやく山から降りよう。またアイツが来たら大変だ」  僕は返事も聞かずに手を引っ張って走り出した。少女は戸惑いながらも釣られて走り出す。  これが僕とサクラとの出会いだった。
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