6night

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3. 「食べながら話そうよ。お昼終わっちゃうから」 「……うん」  今日はお互いにお弁当持参で、空いている小会議室でこっそりのランチタイム。 誰の耳も気にしなくていい場所で話したい時は、莉奈が総務の特権で空いている部屋を確認してきてくれる。 ミーテイングテーブルを挟んで向かい合いながら、ようやくお弁当を食べ始めた。 「てことは決まりだね」 「ん?」 「青野の子じゃなくて、金髪男の子供なんでしょ」 「……そうかも」 「かもじゃなくて、それしかないよ」  おにぎり片手に、莉奈が熱弁をふるい始める。 「そしたら昨日の話も見当がつくもん。あれはあなたの子供じゃないって言われて驚いた反応だったわけだ。かなり動揺してたよね?」 「うん…」  ………どういうことだよ!なんでそんな…っ  嘘を、吐いたのか…    青野は音信不通で不安感を持ってたところに、とんでもない爆弾を落とされてしまったのだと思う。  結婚して、子供を育てると意気込んでた。 自分の両親が理想で、年を重ねても手をつなげる夫婦でいたいと言ってた。 だからきっと、岩崎さんとのそういう未来を想像していたはずで。 そこへそんな話をされたら。 「辛い展開だよね……」 「うん…でも、入籍前にわかって良かったんじゃない?」 「え」 「だってそうでしょ。これで籍入れて結婚式しちゃって子供も生まれちゃってからそんなの暴露されたら?……人生めちゃくちゃだよ」  ………確かに。  苦い思いで、小さくうなづく。 「岩崎さん、だっけ?なんでそんなことしたのか知らないけど、だいぶ悪女だね」 「……うーん…」 「あー、澄香にとっては優秀な部下なのか」 「うん、頑張ってたと思うよ」 「そっか…私は青野と結婚宣言するまでろくに知らなかったからなぁ。急に出てきて引っ掻き回して嫌な女にしか見えないけど」  チキンナゲットを口に入れながら、莉奈が言う。 「少なくとも、気は強そうだよね」 「あ、それは当たってる」  仕事のやり方もけっこう押し気味で、相手より先に強く出る傾向がある。 もちろん自信があってのことだけど、時々見落としがあってフォローを入れたこともあった。 でも入社三年目で、よくやっていたと思う。 「しっかりしてるし実力もあったよ。だから退職するのは少し惜しい気がするな……」 「仕事はそうだとしても、とても居られないってことだよ。青野に大恥かかせるわけでしょ……」 「…そうだね」  社の飲み会の席で発表した授かり婚を白紙に戻すのだから、事情は瞬く間に広がるだろう。 金髪男のことだって、門平くん以外の人が見ている可能性もある。 「昨日の二人を見ただけでも、もういろいろ噂になってる、よね…?」  休憩スペースには、隠れていた私たち以外にもちらほら人がいた。 噂話の集合場所とも言うべき総務部の莉奈が大きくうなづく。 「もうすでに、かなり」 「……ですよね」  そうだろうと思ってた。 「だから槍玉に上がる前に辞める感じだね。来週いっぱい来て、あとは有休消化するって」 「そうなんだ…」  自分のチームの部下なのに、他人事みたいに聞いてる自分にがっかりする。  私にはひと言もなかったなぁ……  相談するに値しない上司だったということなのか。 それはそれでぐさっとくる。 「まぁ、女の方はぶっちゃけどうでもいいよ私は」 「……青野の方が心配だね」 「うん……完全に憔悴してたしさ」 「………」 「無理もないけど…」  その姿を朝のうちに見たきりで、言葉は交わしていない。 声を掛けられる雰囲気でもなかった。 「明日から出張だよね、青野」 「え、そうだっけ?」 「うん。確か二泊で」 「うわぁ……」  このタイミングで、かぁ…  青野はたぶん、まだ岩崎さんと話したいことがある。 でも昨日の彼女の様子だと、プライベートで連絡を取ろうとしても受け付けてくれないだろう。 また社内で話すしかないけど、その時間もほとんどないことになる。 「とことんついてないね、青野も……」 「でもさ、頭冷やすのには丁度いいかも?」 「え?」 「思うんだけど、青野は一回頭冷やした方がいいよ。自分がどういう立場なのか、女の方がどんなに卑怯なことをしたのか、冷静になって考えた方がいい」  きゅっと表情を引き締めた莉奈が、真っ直ぐにこっちを見て言った。 「女と会社から離れて、じっくり考えてみたら違うんじゃないかなぁ…。今の青野は、ちょっとおかしくなってる気がする」 「…………そうだね…」  おかしくなってるというか、冷静ではないだろう。 「ねぇ澄香」 「ん?」 「青野、金曜日に帰ってくるから、そこで飲みに行こうって誘ってみない?」 「飲みに?」 「うん。別にいいでしょ?義理立てする相手はもういないんだし。前みたいに飲んで話して、少しでも元気になってくれたら良くない?」 「あー……、うん」  金曜日は、土曜日に史朗さんに振る舞う料理の材料を買いに行こうかと思ってた。 でもそれは、土曜の午前中でも十分間に合う。 「いいよ」 「よし!そうと決まれば、私から青野にライン入れとくわ」 「うん、お願い」 「任せて」  どこに行くかを相談しながら、莉奈と一緒にお弁当を食べた。
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