3night

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2.  そもそも妊娠中で入籍寸前の彼女がいるのに、私を飲みに誘うなって話だ。  しかも、ずっと好きだったとか言った相手に…  ノリが良くて誰とでもすぐ打ち解けるのは青野の長所でもある。 でも、物事を深く考えないのは良くない。  釘刺しとこ… 「あのね、岩崎さんのこともあるんだから、軽々しく誘わないでよ。ていうか、いつ入籍するの?」 「まだ決まってない」 「………ふぅん」  別にいいけど。 そんなの、私が気にすることでもないし? …でも、何だか。 「……急がなくていいの?」  余計なお世話だろうけど。 妊娠してたら、ある意味タイムリミットがあるわけで。 いろいろ、早めに決めたほうがいいんじゃないかと思うんだけど。 「俺もそう思うんだけど」 「…だけど?」 「何か向こうが、そんなに焦らなくてもとか言うんだよ」 「…ああ、そう…」  それじゃぁ仕方ない……のか? 「いや、決めようって言いなよ」 「言ったよ。言ったけど」 「けど、何?」 「また今度相談しようって」 「…………」 「…………」  車内に変な沈黙が流れる。  そういうもの、なのかな。 …いや~、何かおかしくない?  岩崎さん、あんなに幸せそうだったのに。 何で話を進めないんだろう。 でも、あまりに突っ込むのも変な気がするし。 「それじゃ、休暇の件も含めて私からも話してみるよ。結婚するんだから、住所も変わるでしょう?」 「たぶん」 「………」  たぶん、て。  オイ… 「…あのさ、青野…」  さすがに心配になってきて、言っておこうと思って。 でもその途中で「有澤、大丈夫」って遮られた。 「わかってるから」 「………そう?」  そうは思えないんだけど? 「俺と彼女、付き合ってたわけじゃないからさ。まだその辺のすり合わせが上手くないだけ」 「う、うん…」 「子供のこともあるし、ちゃんとやるよ」 「…………」  何か、それって。 子供のことがあるから、ちゃんとやるって言ってるみたい。  子供を言い訳に使ったらだめだよ…  でも。 「…………」  今の青野に、そんな言葉を言えるはずもなく。 「うん。がんばって」  それだけ言うにとどめた。  どうしてもって言う青野が勝手に奢ってくれたフラペチーノ片手に社内に戻ると、奥村さんと門平くんが「おかえりなさい」と迎えてくれた。 「どうでしたー?」 「噂通りですか?」 「うん。…すごいよ?」  意味深に匂わせると、二人は目をキラキラさせながら食いついてくる。 「どんな感じなんですか?」 「やっぱり北のリゾート感満載?」 「そうだね~、高級感はあったな」  使う食器が、ね。 「えー、いいなぁ。一度泊まってみたいですよね。あ、でも食事だけでもいいなぁ」 「つい最近もTV入ってたろ、あそこ?」 「道内の方がね。向こうはそれこそ地元だもん、海の幸山の幸何でも新鮮で美味しいんだよ、きっと」 「うわ、食いてぇ」  盛り上がっていく二人を横目に、いただいた名刺をフォルダーに仕舞おうと取り出した。  ㈱GrandOcean 副社長 鳴海史朗  この会社は、ホテル経営で急成長中の注目株だ。 今までは道内だけの展開だったから、ターゲットからは外れていたけれど。 都内進出で、青野が見事ゲットしてきた。  絶対、成功させたい……  打ち合わせはほぼ、我が社の扱う食器類の説明に終始した。 鳴海さんはひとつひとつを丁寧に説明する私に、真剣な目を向けてくれていた。  あれが仕事中の鳴海さん………史朗、さん。  夜の彼とは別人みたいだった。 オンとオフを完全に切り替えられる、大人の男性。  イケオジは相変わらずだったけど…  まさかの縁で、ワンナイトの相手が仕事相手になってしまったことは誤算だった。 でも。  この仕事、担当になれて良かったかも。  そう思う自分がいる。 やり甲斐のある仕事になるのは間違いないし。 鳴海さんのような、見ているだけで幸せになれる素敵なオジサマにも会える。  …なんて、不謹慎かな…  フォルダーに仕舞った名刺を眺めていて、ふと気付いた。 「あれ、そういえば岩崎さんは?」 「休憩行きましたよ」 「そう。めずらしいね」  就業時間はあと一時間もない。 このタイミングで休憩することは、あまり多くないから。  もしかして、体調が良くないのかな…  妊娠しているのだから、悪阻をはじめ様々な体調変化があるはずで。 だからこそ早めに手続きを済ませて、休暇に入れる態勢を整えたほうがいいと思うのだけど。 「電話がかかってきてたからじゃないですか?」 「あぁ、そうなんだ」 「急いで出てったよね」 「そうだっけ?」  そんな話をしているところに。 「戻りました〜」  本人が戻って来た。 「あ、有澤さん。お帰りなさい」 「うん、ただいま。岩崎さん、体調は?大丈夫?」 「はい、大丈夫です」 「そう。何かあったら言ってね」 「はーい」  特に顔色も悪くないし、いつも通りにこにこしている。  大丈夫そう…  ほっとして、すぐに目を離した私は気づかなかった。  スマホを持った彼女の手が、震えていたことに。
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