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4.
あのまま、酔っ払ったまま。
ひとりで家に帰ってたら、今も怒っていたのかもしれない。
馬鹿にして、とか。
あの告白は何だったんだ、とか。
でも。
「…今は怒ってないなぁ」
どこを探しても、今の私の中に明確な怒りはなかった。
会社で青野を避けたのは、顔を合わせたらどうしていいのかわからなかったからだ。
普通に振る舞えばいいのか。
何も無かったことにするべきなのか。
おめでとう、と言うべきなのか…
それらの疑問の答えはどれも、今の私の中にはない。
「なんで!?普通に考えて酷すぎるじゃん」
「でも私、青野が好きだったわけじゃないんだよ…」
言われなければ、付き合うとか考えなかった。
きっとずっと友達だった。
「お互いに好きとか、そういうのじゃなくて。でも近くにいるから、何となくそういうのもありなのかなって考えたら、それもいいような気がしただけ」
もし。
岩崎さんのことがなくて、青野と付き合いはじめたとして。
夢に見たような結末に至ったんだろうかと考えたら。
違う気がする……
「莉奈、あのね……私ちょっと淋しかったんだ。年明けに二連発で友達の結婚式に呼ばれたでしょ?そのダメージ、ていうか…自分はこのままでいいのかなって、変に焦ってたとこで」
そこに青野が飛び込んできた。
それはまさに青天の霹靂だったのだけど、光が差したような気もした。
「でも、あのまま付き合ったとしても続かなかったと思う。冷静に考えたら青野って、私には兄弟みたいな感覚なんだよね…」
弟がいるから余計にそんな気がするのかもしれない、けど。
弟とセックスはできないもん…
こっそりそんなことを考えてしまうのは、紛れもなく彼の、史朗さんの影響だ。
金曜のワンナイトは、間違いなく人生で一番幸せで満たされた時間だった。
セックスであれほど感じたことはこれまでになかったし、精神的にも安心できたのだと思う。
史朗さんがそうさせてくれた…
名前も知らずについて行って、抱き合った。
キスをして、知らなくても良かったはずの名前を交換した。
お互いを呼び合って、身体をつなげた……
幸せだったな…
今思い出してもそう。
土日はずっと、そのことばかり考えていたくらい。
また、会いたいような気もした。
でもそれをしたら、せっかくのきれいな思い出が失われそうな気もして。
翌朝、電話番号もアドレスも何も訊かずに別れて正解だったと、自分に信じ込ませた。
「…とにかく、よく考えたら青野とはあり得なかった。あ、負け惜しみとかじゃないからね?」
「……うん。わかった」
本心からそう思っていることが伝わったのかどうか。
莉奈は一応頷いて、そういえば、と言う。
「今日は飲まないの?」
「あー…、うん。今日はいいや」
「金曜に飲みすぎたから?」
「うん、そう…」
元々そんなにお酒が好きってこともない。
家で一人の時は飲まないし、今日のように女同士で楽しい時や会社の飲み会で飲むくらいだから、強くもない。
ほんとはさっき、ちょっと迷ったけど…
いつもなら月曜でも気にせず飲む。
30歳にもなると、どれくらいまでなら翌日に影響しないのかもわかってるから。
あんなに酔っ払ったの、初めてだったし…
莉奈は知らない。
疲れたから帰って寝ると言って早抜けした私が、その後何をしていたのか。
話してもいい気もする、けど。
もう終わったことだしな…
彼とはもう会うこともないし、明日以降も仕事はある。
青野とも岩崎さんとも協力して働かなくてはならないのだから、波風を立てずに静かにしているべきなんだと思う。
史朗さんのことは、どん底にいた私を憐れんだ神様がボーナスとして遣わしてくれたんだと思おう…
実際そんな感じだったから、信じるのは容易かった。
「来月、健康診断あるじゃん。あんまり飲んでばっかりだといろいろ心配になっちゃうから」
「あ~、そうだった!去年より絶対太ってるよぉ…」
グラスを置いて頭を抱えた莉奈を見て笑った。
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